「武将の末裔座談会」(2015年4月)

 週刊朝日 2015年4月24日号よりの抜粋のようですが、

 

 「武将の末裔座談会」関ケ原トークに石田三成末裔も参戦 〈週刊朝日〉|dot.ドット 朝日新聞出版

 

 上記リンクで紹介されている座談会にて、

 徳川恒孝氏(徳川将軍家/徳川宗家第18代当主)
 前田利祐氏(加賀前田家18代当主)
 真田幸俊氏(松代真田家14代当主)
 織田信孝織田孝一)氏(織田信雄子孫高長系当主)

 

結城秀康さんから続く越前松平家の保護を受けまして、石田家は新潟県の妙高で庄屋になりました。連綿と続きまして、私で15代。

 なお、石田三成の子孫を称する石田秀雄氏という人物のコメントがありますが、その主張の信憑性については(今のところ)学問的なものはなさそうです。

 

徳川家康の「御鎮座四百年大祭」の「御例祭」に徳川宗家第18代当主の 徳川恒孝 氏ほか徳川氏子孫らが参列(2015年4月17日)

 2015年4月17日、徳川家康の「御鎮座四百年大祭」(15日~19日)の「御例祭」に、徳川氏子孫ら参列したそうです。 

 

 (記事掲載は終了しました)徳川家子孫ら参列 久能山で御例祭:静岡:中日新聞(CHUNICHI Web)
 掲載時URL:http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20150418/CK2015041802000090.html

 

 記事によれば、
 徳川恒孝氏(とくがわ つねなり : 徳川将軍家/徳川宗家第18代当主)
 の他、
 徳川義崇氏(とくがわ よしたか : 尾張徳川家第22代当主)
 徳川斉正氏(とくがわ なりまさ : 水戸徳川家第15代当主)
 ら徳川御三家の子孫、
 家康の家臣の子孫らが参列したそうです。

 

天皇(明仁)陛下が、風邪のため、宮中祭祀「神武天皇祭皇霊殿の儀」の拝礼を取り止め(2015年4月)

 2015年4月3日、天皇陛下(明仁あきひと : Emperor Akihito of Japan : His Majesty【His Imperial Majesty】 The Emperor)は、風邪の症状のため、午前に皇居・宮中三殿の一つ「皇霊殿」で行われた「神武天皇祭皇霊殿の儀」への拝礼を取り止めました。
 また、午後に行われる「皇霊殿御神楽の儀」も同様とのことです。
 いずれも掌典長が代拝。

秋篠宮家の佳子内親王殿下が国際基督教大学【ICU】に入学(2015年4月)

 2015年4月2日、秋篠宮家の佳子内親王殿下(かこ : Her Imperial Highness Princess Kako of Akishino)は、国際基督教大学(ICU)に入学しました。

 

ANNnewsCH(ANN NEWS):
佳子さまICUにご入学「有意義に過ごしていきたい」(15/04/02) – YouTube

 

ANNnewsCH(ANN NEWS):
佳子さま、はじける笑顔 春の日差しの中ICUご入学(15/04/02) – YouTube

 

ANNnewsCH(ANN NEWS):
佳子さま、両陛下に大学入学を報告 学業優先で公務(15/04/02) – YouTube

 

ウィキペディア日本語版から「久邇晃子 – Wikipedia」の記事が削除されたので退避しておきます(2015年3月)

 ウィキペディア日本語版の記事「久邇晃子 – Wikipedia」が削除されたので、(権利上の問題では無いようなので)こちらにアーカイブしておきます。

 

関連:
 旧宮家、1947年に皇籍離脱した旧皇族(元皇族)とその男系子孫


 

 


久邇 晃子(くに あきこ、久迩 晃子、1963年(昭和38年)8月25日 – )は、日本の医師。旧皇族久邇家出身。
久邇邦昭(先々代の神宮大宮司、現神社本庁統理、前霞会館理事長)の長女。弘世現の孫。
1986年(昭和61年)頃から1992年(平成4年)夏まで、皇太子徳仁親王(浩宮)お妃候補の切り札といわれた。

経歴
1982年(昭和57年)、学習院女子高等科卒業。
1986年(昭和61年)、学習院大学文学部哲学科卒業。
1997年(平成9年)、東京大学理科二類に合格。のち、同大学医学部医学科に傍系進学(進振り)する。
2003年(平成15年)、東京大学医学部医学科卒業、医師国家試験合格
現在、精神科医。

執筆した論文・記事
ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』における「語り得ず示されるもの」(学習院大学文学部研究年報(学習院大学文学部)37 平成2(1990) pp.41~57)
そこが知りたい 薬物療法Q&A(月刊 臨床精神薬理第7巻5号 平成16年(2004年)5月)
愚かで痛ましい我が祖国へ 旧皇族の問題提起(文藝春秋 平成23年(2011年)12月)