オルレアン派フランス王位継承者/パリ伯ジャン(4世)殿下が、サンジェルマン・ロクセロワ教会でおこなわれたルイ16世追悼ミサに臨席(2025年1月)

 2025年1月21日、オルレアン派フランス王室当主のパリ伯ジャン殿下(Jean : Monseigneur The Count of Paris : オルレアン派フランス王位継承者ジャン4世 : Titular King Jean IV of France)は、サンジェルマン・ロクセロワ教会でおこなわれたルイ16世追悼ミサに臨席しました。

 

XユーザーのPrince Jean d'Orléans – Comte de Parisさん: 「Ce mardi 21 janvier, Monseigneur le #comtedeparis a assisté à la messe solennelle célébrée en hommage au roi Louis XVI. Cette cérémonie, empreinte de recueillement, a eu lieu en l'église Saint-Germain-l'Auxerrois de Paris, ancienne parroisse des rois de France. 📸 David Niviere https://t.co/XiYPRBYUfN」 / X

 

⚜️ Hommage au roi Louis XVI… – Prince Jean, Comte de Paris | Facebook

 

Prince Jean – Comte de Paris | ⚜️ Hommage au roi Louis XVI ⚜️ Ce mardi 21 janvier 2025, Monseigneur le Comte de Paris a assisté à la messe solennelle célébrée en hommage… | Instagram

正統派フランス王位継承者ルイ20世ことアンジュー公ルイ殿下が、贖罪礼拝堂でおこなわれたルイ16世追悼ミサに臨席(2025年1月)

 2025年1月19日、正統派フランス王位継承者ルイ20世Louis XX)ことアンジュー公ルイ・ド・ブルボン殿下(Louis de Bourbon : 【His Royal Highness】Monseigneur The Duke of Anjou : ルイス・アルフォンソ・デ・ボルボン・マルチネス=ボルディウ閣下 : The Most Excellent Luis Alfonso de Borbón Martínez-Bordiú)は、贖罪礼拝堂(シャペル・エクスピアトワール)にておこなわれた、ルイ16世追悼ミサに臨席しました。

※ブルボン=パルマの傍系より(1999年生まれの?)ジータ公女殿下が同行したという情報もありますが、未確認。

 

Louis de Bourbon, Duc d’Anjou:
Louik XX commémore Louis XVI à Paris – 19 janvier 2025 – YouTube

 

XユーザーのLouis de Bourbonさん: 「Chers amis, cette année encore vous étiez nombreux à mes côtés pour perpétuer fidèlement le souvenir du roi Louis XVI à la Chapelle Expiatoire bravant le même froid que celui qui avait glacé Paris le 21 janvier 1793 lors de l’exécution de l’Auguste Roi. Merci de votre soutien. https://t.co/Fqu7Y19cE8」 / X

 

Louis de Bourbon, Duc d’Anjou(@louisducdanjou) • Instagram写真と動画

 

Louis XX commémore Louis XVI | Chers amis, cette année encore vous étiez nombreux à mes côtés pour perpétuer fidèlement le souvenir du roi Louis XVI à la Chapelle Expiatoire bravant le… | By Louis de Bourbon, Duc d’Anjou | Facebook

カメルーン伝統的君主:元サッカー選手のサミュエル・エトーが、王の使者を意味する Ntumfoyn と、諸王の王(Fon of Fons)の称号を受けたという情報(2025年1月)困惑と憤慨も広がる

 2025年1月17日、カメルーン共和国の元サッカー選手サミュエル・エトー・フィスSamuel Eto’o Fils)は、北西州の第三級伝統的統治者であるコシン首長ジュ・ウィルソン(Fon Ju Wilson, the 3rd Class Fon of Koshin)より、王の使者を意味するヌトゥムフォイン(Ntumfoyn)の称号を受けたと報道されています。

 また、投稿されている動画から、諸王の王である「Fon of Fons」の称号も受けたのではないかということです。

 第三級の伝統的統治者であるコシン首長にそのような権限があるわけもないですが、同首長は、地域の王・首長の代表としておこなったと主張しているようです。

※そもそも「王の使者」と「諸王の王」を同一人物に同時に出すというのは、根本的におかしいような気がしますが……。

 

 (英語)Samuel Eto'o has been given a chieftaincy title(video) – Lebledparle

JMTV +:
Samuel ETO'O ÉLEVÉ à la DIGNITÉ de FON des FONS dans le NORD-OUEST 🇨🇲👑🤴🏿,EST-CE VRAI ? – YouTube

 

 これに対し、翌2025年1月18日、北西部首長会議議長(President of the North-West House of Chiefs)でもあるバンバラング王ヤクム・ケビン・テウヴィー陛下(His Majesty Fon Yakum Kevin Teuvih, Supreme Fon of Bambalang)は、

 (英語)Samuel Eto'o's new traditional title brings division among traditional chiefs in the North West  – Lebledparle

1- There is only one “Fon of Fons” – H.E. Paul Biya.
2- Regional titles should only be awarded by constituted authorities.
3- Fons are custodians of our cultural heritage.
4- The Head of State has provided a platform (the House of Chiefs) through which the voices of Fons can be heard.
5- Individuals should desist from participating in or endorsing the desecration of our culture.

  1. 諸王の王「Fon of Fons」は、カメルーン共和国大統領ポール・ビヤ閣下(His Excellency Paul Biya)のみ。
  2. 地域の称号は当局のみによって叙されるべき。
  3. フォン(王・首長)は文化遺産の守護者。
  4. 国家元首は、フォン(王・首長)の意見を聞くための首長会議を設置している。
  5. 我々の文化への冒涜に参加しないように。

 という声明を発表しています。

 

 (英語)Outrage over Fons who bestowed title on Eto'o – Lebledparle

 批判者らは、今回のサミュエル・エトーへの称号授与は、同氏の政界進出への準備であり、その達成のためにお金が使われているとしています。

彦根市と鹿児島市が交流協定。締結式に彦根井伊家第18代当主 井伊直岳 氏と、島津氏第33代当主 島津忠裕 氏が臨席(2025年1月)

 2025年1月16日、滋賀県彦根市と鹿児島県鹿児島市は、交流協定を締結しました。

 締結式には、両市の市長の他、彦根井伊家第18代当主井伊直岳氏(いい なおたけ)、島津氏第33代当主島津忠裕氏(しまづ ただひろ)、桜田門外の変で井伊直弼を襲撃した有村次左衛門の弟の子孫で今回の交流を提案した有村国俊滋賀県議会議長が臨席しました。

 

※締結書を書いて、持っているのは両市の市長。五人並んでいるうちの、向かって一番左が有村国俊滋賀県議会議長、左から2人目が井伊直岳氏、一番右が島津忠裕氏/

共同通信 KYODO NEWS:
【速報】桜田門外の変で交流協定 滋賀・彦根市と鹿児島市 – YouTube

 

MBS NEWS:
「井伊家」「島津家」の子孫らが初の顔合わせ!?「桜田門外の変」から165年の時をこえ彦根市と鹿児島市が交流連携協定(2025年1月16日) – YouTube

 

鹿児島ニュース – KYT鹿児島読売テレビ:
“遺恨”を乗り越え新たに紡がれる両市の歴史 鹿児島市と彦根市が交流連携協定 桜田門外の変 – YouTube

 

 「桜田門外の変」子孫集まり彦根市と鹿児島市が交流協定 滋賀|NHK 関西のニュース
 桜田門外の変の“遺恨”を乗り越え新たに紡がれる両市の歴史 鹿児島市と彦根市が交流連携協定 (2025年1月16日掲載)|KYT NEWS NNN
 「井伊家」「島津家」の子孫らが初の顔合わせ!?「桜田門外の変」から165年の時をこえ彦根市と鹿児島市が交流連携協定  | MBSニュース
 桜田門外の変で交流協定 滋賀・彦根市と鹿児島市|全国のニュース|下野新聞デジタル

ナイジェリア伝統的君主:オヨ王国の九つの王家の王子らが、州知事が新たなオヨ王にアビンボラ・アキーム・オウォアデ王子を承認したことに反対を表明(2025年1月)

 ナイジェリア連邦共和国のオヨ州知事セイ・マキンデ閣下(His Excellency Seyi Makinde)によってアビンボラ・アキーム・オウォアデ王子(Prince Abimbola Akeem Owoade)が新たなオヨ王(Alaafin of Oyo)に承認されましたが、この動きに対し、オヨの九つの王家(The Atiba 9)の九人の王子らが反対を表明しています。

 シナ・アフォラビ王子ら九人は、選出を最初からやり直すように求めています。

 彼らが重要な間違いとしていることの一つは、イペビ(Ipebi)と呼ばれる、人を避けて一ヶ月ほど隠棲するという伝統的儀礼をおこなう前にオヨ王として宣言されたことのようですが、これはそれがどこまで重要なのかは部外者にはよくわからないところです(なお、オヨに到着したアビンボラ・アキーム・オウォアデ王子はこれからイペビに入るようです)。

 なお、九人の王子らは、枢密院(Oyomesi)の多数派が支持しているらしい、ルクマン・アデロドゥン・グバデゲシン王子(Prince Lukman Adelodun Gbadegesin)も支持しておらず、両王子を候補として選出したプロセスそのものそれぞれに異議を唱える訴訟を準備しているようです。

 九人の王子らが、九王家全体をどれだけ代表しているかはわかりませんし、オヨ王の候補となっている二人がこのうちのどの家に所属しているのかもわかりません(アビンボラ・アキーム・オウォアデ王子が所属するとされる家は九つの中には見当たりません)。

 

 (英語)Alaafin: Oyo royal families reject Prince Owoade as new monarch – The Nation Newspaper
 (英語)9 royal families fault Alaafin's appointment – Vanguard News

 

 九人の王子は、
 シナ・アフォラビ王子(Prince Sina Afolabi : アデイタン家 : Adeitan)
 レミ・アジーズ王子(Prince Remi Azeez : テラ・オキティパパ家 : Tella Okitipapa)
 ラモラ・オラニテ王子(Prince Lamola Olanite : オラニテ家 : Olanite)
 アグボイン・アデラブ王子(Prince Agboin Adelabu : アデラブ家 : Adelabu)
 ラジ・アデニラン王子(Prince Raji Adeniran : アデニラン家 : Adeniran)
 ヌレニ・タイウォ王子(Prince Nureni Taiwo : テラ・アグボジュログン家 : Tella Agbojulogun)
 ムフタウ・アデジャレ・アデソカン王子(Prince Muftau Adejare Adesokan : アデソカン・ババ・イドデ家 : Adesokan Baba Idode)
 アデシヤン王子(Prince Adesiyan : アデシヤン家 : Adesiyan)
 ベロ・ラシード王子(Prince Bello Rasheed : アビデクン家 : Abidekun)
※個人名と家名が同一の人物もいますが、記事の通りに引用しておきます。