訃報(2021年3月9日):アーリング・ロレンセン氏【エアリング・ローレンツェン氏】が死去(1923~2021)ノルウェーの故ラグンヒル王女の夫

 2021年3月9日、アーリング・ロレンセン氏(Erling Lorentzen)が死去したことがノルウェー王室によって発表されました。
 1923年1月28日生まれの98歳。

 ノルウェー王ハーラル5世陛下の姉・故ラグンヒル王女の夫。
 
 

 (ノルウェー語:ノルウェー王室 公式サイト)Erling Sven Lorentzen er død – Det norske kongehus

 (ノルウェー語)Erling Lorentzen er død – VG

 

続報:
 葬儀・埋葬(2021年3月22日):アーリング・ロレンセン氏【エアリング・ローレンツェン氏】(故ラグンヒル王女の夫)の葬儀。ノルウェー王ハーラル5世陛下夫妻、摂政皇太子ホーコン殿下夫妻、マッタ・ルイーセ王女殿下、アストリッド王女殿下らが参列

訃報(2020年12月8日):エアバッハ=シェーンベルク公子マイノルフ殿下、薨去(1936~2020)

 2020年12月8日、エアバッハ=シェーンベルク公子マイノルフ殿下(His Serene Highness Prince Maynolf of Erbach-Schönberg : マイノルフ・プリンツ・ツー・エアバッハ=シェーンベルクMaynolf Prinz zu Erbach-Schönberg)が薨去したようです。
 1936年5月13日生まれの84歳。

 現在のエアバッハ=シェーンベルク公ディートリヒ殿下の叔父で、同殿下に男子がいないため、公位継承順位第一位だったかと思われます。
 薨去に伴い、子息のペーター公子殿下が第一位になり、その子息のサンドロ殿下(Sandro)が第二位となっているのでしょう。
 また、ペーター公子殿下には、二人目の妻との間に次男のフリッツ殿下(Fritz)が生まれているとの情報を載せているところもありますが、情報元によってはこの子供は掲載していません。

 

 (ドイツ語)Traueranzeigen von Maynolf Prinz zu Erbach-Schönberg | Trauerportal Ihrer Tageszeitung

訃報(2020年12月23日):コンゴ伝統的君主/ロアンゴ王 モエ・マコソ4世 陛下が崩御(1944~2020)

 2020年12月23日、ロアンゴ王モエ・マコソ4世陛下(His Majesty Moé Makosso IV, King of Loango)が、モロッコ王国のラバトで崩御したようです。
 1944年5月1日生まれの76歳。

 体調不良のため、ラバトで治療を受けていたようです。

 

 (フランス語)Décès du Roi Ma Loango Moé Makosso IV – Congo Media Time

 

 上記記事にはコンゴ共和国のジャン=クロード・ガコソ外相(Jean-Claude Gakosso)の名前が出るなど、コンゴ共和国で君主として扱われているようです。

 ロアンゴ王国の領域は、現在のコンゴ共和国の一部だけでなくコンゴ民主共和国の一部を含むと思いますが、後者のほうでの認識はわかりません。

訃報(2021年2月15日):パッペンハイム伯女ベアトリクス殿下が薨去(1924~2021)現在のパッペンハイム家地所所有者の伯母

 2021年2月15日、パッペンハイム伯女ベアトリクス殿下(Her Illustrious Highness Countess Beatrix of Pappenheim : ベアトリクス・グレフィン・ツー・パッペンハイム・フライフラウ・フォン・ジュースキントBeatrix Gräfin zu Pappenheim Freifrau von Süsskind)がデンネンローエで薨去したという告知が出ています。
 1924年10月12日生まれの96歳。

 

 (ドイツ語)Traueranzeigen von Beatrix Julie Theodora Marie Mathilde Gräfin zu Pappenheim Freifrau von Süsskind | trauer.nordbayern.de

 

 なお、パッペンハイム家は、1960年にルートヴィヒ伯が薨去したときに、地所は次女の(今回薨去したベアトリクス殿下の妹の)ウルズラ殿下が継承しました。
 パッペンハイム伯位自体は理屈上は傍系の男系男子が継いでいることになりますが、ウルズラ殿下薨去時には地元では「パッペンハイム家は消滅してしまったなあ……(詠嘆)」という雰囲気になり、傍系は元より姉もスルーされていました。
 そのような地元の意識もあり、パッペンハイム家については、現在の傍系の当主が誰かというほかにも、地元の地所をウルズラ殿下の娘のイニガ伯爵女が継承していることが無視できません(名前の一部としてパッペンハイムの称号風のものを用いています)。
 そして傍系で1981年生まれのゲオルク伯子に子供がなければ男系男子も消滅しそうではあります。

 

関連:
 訃報(2018年1月5日):パッペンハイム伯女ウルズラ殿下、薨去(1926~2018)パッペンハイム家地所所有者

訃報(2021年1月21日):スタニスワフ・チャルトリスキ公子閣下が薨去(1939~2021)ノルウェーやアイスランドを駐箚した元ポーランド大使

 2021年1月21日、スタニスワフ・チャルトリスキ公子閣下(His Serene Highness Prince Stanisław Czartoryski)がワルシャワで薨去したと報道されています。
 1939年6月8日生まれの81歳。
 ゲディミナス王朝の系統のチャルトリスキ家出身で、1996年~2001年にノルウェー王国とアイスランド共和国駐箚のポーランド共和国特命全権大使を務めていたようです。

 

 (ポーランド語)Nie żyje Stanisław Czartoryski. Dyplomata odszedł, mając 81 lat – Plejada.pl