訃報(2019年8月21日):故ヨルダン王フセイン1世の一番目の妻で、元王妃のディーナ・アブドゥル・ハミード妃殿下が薨去(1929~2019)

 2019年8月21日、ヨルダン王室より、故ヨルダン王フセイン1世の一番目の妻で、元王妃のディーナ・アブドゥル・ハミード妃殿下(Her Highness Princess Dina Abdul Hamid)が薨去したことが発表されました。
 1929年12月15日生まれという情報があります。

 ハーシム家の一員として生まれ、1955年にフセイン1世と結婚、1957年に離婚(上記称号は離婚後のもの)。
 フセイン1世との間に、アーリア・ビント・アル・フセイン王女殿下(Her Royal Highness Princess Alia bint Al Hussein)が生まれています。

 

 (英語)Royal Hashemite Court mourns passing of Princess Dina Abdul Hamid, mother of Princess Alia bint Al Hussein | Royal Hashemite Court
 (英語)Royal Court mourns passing away of Princess Dina Abdel Hamid, mother of Princess Alia

 

訃報(2019年7月20日):ジョージア貴族【グルジア貴族】・ロシア貴族のズーラブ・トチュコトゥア公子閣下が薨去(1937~2019)前スペイン王ファン・カルロス1世陛下の友人とのこと

 2019年7月20日、ジョージア貴族【グルジア貴族】で、近代にロシア貴族に編入された家柄のズーラブ・トチュコトゥア公子閣下(His Illustrious Highness Prince Zourab Tchkotoua)が薨去したようです。
 1937年5月18日生まれの82歳

 

 (スペイン語)Zourab Tchkotoua, un príncipe sin reino
 (スペイン語)Rey Juan Carlos: Muere uno de sus mejores amigos

 

 前スペイン王ファン・カルロス1世陛下(His Majesty King Juan Carlos I of Spain)の年少時代の友人とのことです。

 

訃報(2019年7月12日):ヴィンディシュ=グレーツ公女シュテファニー殿下が薨去(1939~2019)オーストリア皇太子ルドルフの子孫。ベルギー王レオポルド2世から絶対長幼制ならベルギー女王になっていたとの記事も

 2019年7月12日、ヴィンディシュ=グレーツ公女シュテファニー殿下(Her Serene Highness Princess Stephanie of Windisch-Graetz : シュテファニー・プリンツェッシン・ツー・ヴィンディシュ=グレーツStephanie Prinzessin zu Windisch-Graetz)が薨去した模様です。
 1939年7月17日生まれの79歳(1月17日生まれとの情報は誤りのようです)。

 名族ヴィンディシュ=グレーツ家の一員で、先祖にはオーストリア皇太子ルドルフ殿下やベルギー王レオポルド2世陛下がいるようです。

 

 (フランス語)Cousine d’Albert II, la princesse Stéphanie de Windisch-Graetz est décédée – La Libre

 葬儀には、ベルギー王子ロラン殿下(His Royal Highness Prince Laurent of Belgium)が参列したとのことです。
 アルベール2世の私生児であることを主張しているデルフィーヌ・ボエルDelphine Boël)も姿を見せたようです。

 

 また下記の記事では、シュテファニー殿下はベルギー王レオポルド2世陛下から継承法が絶対長幼制になっていたならベルギー女王になっていたと言及されています。

 (オランダ語)Stéphanie de Windisch-Graetz, de prinses die koningin der Be… – Het Nieuwsblad

 こういう話は言い出したらキリがありませんが……。

追記:
 継承順を書いておきますと、
 ベルギー王レオポルド2世陛下
 → 第一子・長女のベルギー王女ルイーズ殿下(1858年生まれ)
  → 第二子のザクセン=コーブルク=ゴータ公女ドロテア殿下
 → 第三子・次女のベルギー王女シュテファニー殿下がすでに薨去し(オーストリア皇太子ルドルフ殿下との子供の)オーストリア大公女エリザベート殿下(1883年生まれ)もすでに薨去しているためその第一子のヴィンディシュ=グレーツ公子フランツ殿下(1904年生まれ) → そしてその第一子が今回薨去したシュテファニー殿下となります。

 

訃報(2019年7月24日?7月25日?):ホーエンベルク公ゲオルク・フリードリヒ閣下、薨去(1929~2019)ハプスブルク家フランツ・フェルディナント大公の貴賤結婚の孫

 2019年7月24日か7月25日なのか情報がはっきりしませんが、ホーエンベルク公ゲオルク・フリードリヒ閣下(Georg Friedrich : His Highness The Duke of Hohenberg : ゲオルク・フリードリヒ・ヘルツォーク・フォン・ホーエンベルクGeorg Friedrich Herzog von Hohenbergゲオルク・フリードリヒ・ホーエンベルクGeorg Friedrich Hohenberg)が薨去したという情報が出ています。
 1929年4月25日生まれの90歳。

 

 (フランス語)Mort du Duc de Hohenberg – RoyautéNews

 

Almanach de GothaさんはTwitterを使っています: 「His Highness Georg Friedrich, 3rd Duke of #Hohenberg, born #Artstetten 25-4-1929, died #Vienna 24-7-2019 #requiescatinpace」 / Twitter

 

 経歴としてチュニジア共和国駐箚、ローマ教皇聖座駐箚(マルタ騎士団、サンマリノ共和国兼轄)オーストリア共和国特命全権大使。
 オーストリア系の金羊毛騎士団の騎士。

 

 薨去に伴い、長男のニコラウス閣下(Nikolaus)がホーエンベルク公となります。

 

訃報(2019年8月13日):“サー”・マイケル・ハリソン準男爵(第2代)、卒去(1936~2019)

 2019年8月13日、英国の連合王国準男爵“サー”・マイケル・ハリソン準男爵【第2代】(Sir Michael Harrison Bt : 2nd Baronet)が卒去したようです。
 1936年3月28日生まれの83歳。

 1961年叙爵のハリソン準男爵<バグブルック>の第2代。準男爵の叙爵としては最後のほうにあたる称号の一つです。

 卒去に伴い、子息のエドウィンEdwin)が第3代準男爵となります。

 

 (英語:情報が表示されない場合があります)HARRISON – Deaths Announcements – Telegraph Announcements

 (英語)Peerage News: Sir Michael James Harwood Harrison, 2nd Baronet 1936-2019