訃報(2021年6月23日):前のトスカナ大公室系ハプスブルク家当主/レオポルド・フランチェスコ【レオポルト・フランツ】大公殿下が薨去(1942~2021)

 2021年6月23日、前のトスカナ大公室系ハプスブルク家当主/レオポルド・フランチェスコレオポルト・フランツ】大公殿下(His Imperial and Royal Highness Archduke Leopoldo FrancescoLeopold Franz】of Austria, Prince Imperial of Austria, Prince Royal of Hungary and Bohemia, Prince os Tuscany)が薨去したようです。
 1942年10月25日生まれの74歳。

 殿下は1984年~1993年までトスカナ大公室系ハプスブルク家当主の座にありましたが、二度目の結婚が貴賤結婚のため、当主の権利を継嗣のジギスムント殿下に譲っています。

※なお、この二度目の貴賤結婚について、(旧)オーストリア帝室の一員としての権利には最終的には影響を及ぼしておらず、帝室の一員およびオーストリア帝位継承順位の中にに留まっている、と見られていました。また、オーストリア帝室の結婚要件緩和により、トスカナ大公室のほうが厳しくなっており、トスカナ大公室をはなれた人物がオーストリア帝室に留まっていると判断できるケースがあります。

 

 (英語)Tuscan high prince Leopoldo Francesco d’Absburgo-Lorena passed away – Diplomat magazine

 

注記:
 トスカナ大公室公式サイトは更新がほぼない上に、 Adobe Flash に依存していたため、どうなるかわかりません。

訃報(2021年6月1日):イタリア王室(アオスタ系統当主・サヴォイア公)アオスタ公爵アメデーオ殿下が薨去(1943~2021)

 2021年6月1日、対立するイタリア王室のうち傍系/アオスタ系統の当主(サヴォイア公)のサヴォイア公・アオスタ公爵アメデーオ殿下(Prince Amedeo : His Royal Highness The Duke of Savoy and The Duke of Aosta)が薨去した模様です。
 1943年9月27日生まれの77歳。

 薨去に伴い、子息のプッリャ公爵アイモーネ殿下(His Royal Highness Prince Aimone of Savoy-Aosta)が当主の地位を継承します。

※称号ですが、公式サイトのほか、報道したイタリア紙の多くが Duca di Savoia e Duca d’Aosta と、サヴォイア公とアオスタ公爵の称号を併記しています。この二つをアイモーネ殿下もこれから使用すると思われます。
 2006年の段階で、アメデーオ殿下が自身のアオスタ公爵号を子息のアイモーネ殿下に使用させるとした決定がややこしい影響を及ぼし、結果、アイモーネ殿下がプッリャ公爵の称号すら消極的になるような状況も生じましたが、これで解消となるでしょう。

 

 (イタリア語:イタリア王室アオスタ系統 公式サイト)Scomparsa di S.A.R. il Principe Amedeo di Savoia – Real Casa di Savoia
 (イタリア語:イタリア王室アオスタ系統 公式サイト)Superga 1 luglio 2021. Ultimo saluto a S.A.R. Il Principe Amedeo di Savoia – Real Casa di Savoia

 

葬儀の映像(一部)/
Basilica di Superga:
Cerimonia per il Principe Amedeo Duca D'Aosta – YouTube

 葬儀には他の(旧)君主家からの臨席もあり、アオスタ系統を当主とみなす動きは大きくないものの、イタリア王室一員であることは変わらないということでしょう。

訃報(2021年5月8日):英国の第10代ウォルポール男爵ロバート・ウォルポール閣下が卒去(1938~2021)ウォルポール首相の弟ホレーショ・ウォルポールの子孫

 2021年5月8日、英国のグレートブリテン貴族/第10代ウォルポール男爵ロバート・ホレイショ・ウォルポール閣下(Robert Horatio Walpole, 10th Baron Walpole : The Right Honourable The Lord Walpole : ウォルポール卿)が卒去したようです。
 1938年12月8日生まれの82歳。

 2017年まで、クロスベンチとして貴族院(上院)議員の議席にあったようです。

 ウォルポール男爵号は複数あってまぎらわしいですが、1723年叙爵のウォルポール男爵として第10代、1756年叙爵のウォルポール男爵として第8代。
 初代オーフォード伯爵(第二次叙爵)ロバート・ウォルポール閣下(第一大蔵卿【首相】)の弟(1756年叙爵の)初代ウォルポール男爵ホレイショ・ウォルポール閣下の子孫です。

 卒去に伴い、長男のジョナサン・ウォルポール閣下(The Honourable Jonathan Walpole)が第11代男爵となります。

 

 (英語)Tributes paid to Lord Robert 'Robin' Walpole | Eastern Daily Press
  (英語)Peerage News: The 10th Baron Walpole 1938-2021
  (英語)WALPOLE – Deaths Announcements – Telegraph Announcements

  (英語:英国議会 公式サイト)Parliamentary career for Lord Walpole – MPs and Lords – UK Parliament

訃報(2021年4月29日?):南アフリカ伝統的君主/ズールー摂政(王妃)マントフォンビ陛下が崩御(1953~2021)ズールー王の崩御の翌月。南ア大統領は弔意を表明。エスワティニ王(スワジランド王)ムスワティ3世陛下の姉

 2021年4月29日、南アフリカ共和国のズールー王国摂政(王妃)マントフォンビ・ドラミニ陛下(Her Majesty Queen Regent Mantfombi Dlamini)が崩御した模様です。
 1953年2月15日生まれの68歳。
 エスワティニ王(スワジランド王)ムスワティ3世陛下(His Majesty King Mswati III of Eswatini)の姉です。
 
 マントフォンビ陛下は、2021年3月12日の南アフリカ共和国の伝統的君主/ズールー王グッドウィル・ズウェリティニ陛下(His Majesty King Goodwill Zwelithini of Zulu)の崩御を受けてもっとも格の高い王妃(Great Wife : 他の王室出身を示す)であったことにより摂政に就任し、次の王の即位まで務める予定でした。
 後継王は、故両陛下の長男であるミスズールー・ズールー王子殿下(His Royal Highness Prince Misuzulu Zulu)が確実視されていましたが、次の摂政も含めて混沌としてきました。
追記:
 マントフォンビ陛下が生前に、ミスズールー王子に摂政を“譲位”したという情報が出ていますが、本当かどうか、有効かどうか、不明です。

 また、故ズールー王と第一王妃(マントフォンビ陛下とは別人)の長男レツクツラ・ズールー王子殿下(His Royal Highness Prince Lethukuthula Zulu)が2020年11月に殺害されたこともあり、一連の経緯について陰謀論なども出始めており、マントフォンビ陛下の死因についても毒殺ではないかとの声もあります。
 もちろん、すべて胡散臭いですが、王の長男と王と摂政が半年も経たずに死んでいくという状況では仕方ないかもしれません。

 また、南アフリカ共和国大統領マタメーラ・シリル・ラマポーザ閣下(Matamela Cyril Ramaphosa)は摂政王妃の崩御に弔意を表明しました。

 

eNCA:
AmaZulu Queen Regent has passed away – YouTube

 

eNCA:
Tributes pour in for AmaZulu regent – YouTube

 

 (英語)Zulu Queen Shiyiwe Mantfombi Dlamini Zulu, Regent of the Zulu Nation, has died | Witness

 (英語)Zulu Queen Mantfombi Dlamini dies a month after becoming regent – BBC News

 (英語)Zulu nation shocked as Queen Shiyiwe Mantfombi Dlamini Zulu dies

 

 (英語:南アフリカ共和国大統領府 公式サイト)President mourns passing of Her Majesty Queen Shiyiwe Mantfombi Dlamini Zulu, Regent of the Zulu nation | The Presidency

Presidency | South Africa 🇿🇦さんはTwitterを使っています 「President mourns passing of Her Majesty Queen Shiyiwe Mantfombi Dlamini Zulu, Regent of the Zulu nation https://t.co/f1q8RgJ3fd」 / Twitter

訃報(2021年4月17日):“サー”・デービッド・フィンレー準男爵(第2代)が急死(1963~2021)フィンレー準男爵は1964年叙爵(サッチャー準男爵以外では今のところ最後の叙爵の年)

 2021年4月17日、英国の連合王国準男爵“サー”・デービッド・フィンレー準男爵【第2代】(Sir David Finlay, Bt : 2nd Baronet)が卒去したようです。
 1963年11月16日生まれの57歳。
 Telegraph Announcements では急死とされています。

 フィンレー準男爵は、1964年に叙爵された準男爵位の一つで、1990年叙爵のサッチャー準男爵を除くとこの年を最後に準男爵位の叙爵がなくなっているという状況です。また、細かい日付ではフィンレー準男爵を1964年の最後とするものがありますので、最後から二つ目の準男爵位という言い方もできるでしょう。もちろん、これからの叙爵が絶対にないわけではありませんが……。

 卒去に伴い、子息のトリスタン・フィンレーTristan Finlay)が第3代準男爵となります。

 

 (英語)FINLAY – Deaths Announcements – Telegraph Announcements
 (英語)Peerage News: Sir David Ronald James Bell Finlay, 2nd Baronet 1963-2021