訃報(2019年7月23日):ビスマルク公フェルディナント閣下が薨去(1930~2019)“鉄血宰相”の曾孫。葬儀にオランダ王ウィレム=アレクサンダー陛下が参列

 2019年7月23日にビスマルク公フェルディナント閣下(Ferdinand : His Serene Highness The Prince of Bismarck : フェルディナント・フュルスト・フォン・ビスマルクFerdinand Fürst von Bismarck)が薨去した模様です。
 1930年11月22日生まれの88歳。

 

 (ドイツ語)Ferdinand von Bismarck (†88): Der Fürst ist tot: Jetzt meldet sich die Familie zu Wort | BUNTE.de
 (ドイツ語)Urenkel des deutschen Reichskanzlers: Ferdinand Fürst von Bismarck gestorben
 (ドイツ語)Ferdinand von Bismarck gestorben – WELT
 (ドイツ語)Ferdinand von Bismarck (†88) in Friedrichsruh neben Otto von Bismarck bei Hamburg – Hamburg – Bild.de

 

 “鉄血宰相”オットー・フォン・ビスマルクの曾孫。

 葬儀にはビスマルク家の一族のほか、 godfather の一人がフェルディナント閣下であるオランダ王ウィレム=アレクサンダー陛下(Willem-Alexander : His Majesty The King of the Netherlands)が参列。弟夫妻のオランダ王子コンスタンティン殿下(His Royal Highness Prince Constantijn of the Netherlands, Prince of Orange-Nassau, Jonkheer van Amsberg)及びオランダ王子妃ローレンティン殿下(Her Royal Highness Princess Laurentien of the Netherlands, Princess of Orange-Nassau, mevrouw Van Amsberg-Brinkhorst)も参列の模様。

 

 (ドイツ語)Heute wird der Fürst beerdigt – Streit ums Erbe der Bismarcks – Leute – Bild.de

 

 そして、ビスマルク公の称号というか当主の座は長男のカール=エドゥアルト閣下(Carl-Eduard)が継承ということになりますが、財産相続に関して弟(三男)のグレゴール伯爵子(Gregor)が自らが継承することを主張しているようです(少なくとも伝統的な称号に関しては長男の継承を否定する根拠は今のところはなさそうですが……)。
 簡単にいってしまうと、長男のカール=エドゥアルト閣下が各方面からまったく信用されていない人物だということになります。
(次男のゴットフリート伯爵子は2007年にロンドンで死亡しているのが発見されています)

 

ダイヤモンド「ボー・サンシー」、約7.7億円で落札。サザビーズ担当者にはヴュルテンベルク公子フィリップ殿下の姿も(2012年5月)

 ダイヤモンド「ボー・サンシー」が約7.7億円で落札されたそうです(旧プロイセン王室のホーエンツォレルン家が出品とのこと)。

 サザビーズ担当者にはヴュルテンベルク公子フィリップ殿下(His Royal Highness Duke Philipp of Württemberg : フィリップ・ヘルツォーク・フォン・ヴュルテンベルク)の姿もありました。
 フィリップ殿下は、ヴュルテンベルク王位継承者のヴュルテンベルク公カール殿下の三男です。

BBCの映像より:
ヴュルテンベルク公子フィリップ殿下

 

記事&映像:
 (英語)BBC News – One of world's oldest diamonds sells for $10m
 (英語)'Royal' diamond Beau Sancy sells for $9.7m – BBC News

記事:
34.98カラットのダイヤモンド、5月に競売へ 落札価格は数億円か 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
35カラットの歴史的ダイヤ「ボーサンシー」、7億7000万円で落札 スイス 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News
フィリップ殿下のコメント部分:

サザビーズ・ヨーロッパのフィリップ・ヘルツォク・フォン・ビュルテンベルク(Philipp Herzog von Wuerttemberg)会長は競売終了後、「あなたが購入するのは単なるダイヤではなく、歴史的芸術品なのです」と語った。

 ボーサンシーを初めて購入した王族は、フランス国王のアンリ4世(Henry IV)。マリー・ド・メディシス(Marie de Medici)王妃にせがまれて1604年に購入し、1610年の戴冠式では王妃の冠にも使用された。

 ボーサンシーは17世紀半ばにオランダに渡り、オラニエ公ウィレム2世(Willem II of Orange Nassau)とイングランド王チャールズ1世(Charles I of England)の娘メアリー・スチュアート(Mary Stuart)の結婚の際に使われた。メアリー・スチュアートは後に、王位を狙う兄のチャールズ2世(Charles II)への支援金を工面するためにこのダイヤを手放した。

 その後1702年に初代プロイセン王がその王冠の最高の位置にボーサンシーを付けて以来、このダイヤはプロイセン王家で代々受け継がれてきた。