ナイジェリア伝統的君主:ソコト・カリフ庁のスルタンの長男が自動車事故(大事故)との報道。飲酒運転の疑い、車内からはコデインの瓶も。車種はレクサス(2018年9月)スルタンはナイジェリア北部(イスラム圏)第一の権威

 2018年9月9日、ウスマン・サアド・アブバカルUsman Sa’ad Abubakar)が自動車事故を起こした模様です。
 飲酒運転の疑があり、車内からはコデイン(鎮痛剤などに用いられるが薬物乱用にいたるケースが)の瓶も発見されています。
 車種はレクサス。
 ウスマン・サアド・アブバカルは、ナイジェリア連邦共和国で最高序列のイスラム教(スンナ派)指導者/ソコト・カリフ庁の第20代スルタン“アルハッジ”・ムハンマド・サアド・アブバカル3世陛下(His Eminence Alhaji Muhammad Sa’ad Abubakar III, The Sultan of Sokoto, Amir al-Mu’minin)の長男らしく、“Amir(アミール)”と一般的に呼ばれているようです(特に称号などではなくあだ名のように思えますが)。

 

 (英語)Sultan Of Sokoto‘s Son In Critical Condition After Auto Crash

Concise News Globalさんのツイート: "Sultan Of Sokoto‘s Son In Critical Condition After Auto Crash https://t.co/Q2gLb5VviO… "
https://twitter.com/ConciseNewsroom/status/1039117361431949312

 

 このニュースの第一の発信元であるところが、ウスマン・サアド・アブバカルスルタンの名前と勘違いした模様で、「スルタンのウスマン・サアド・アブバカルの長男が事故を起こした」みたいな記事内容になっていて、「いや、スルタンはムハンマド・サアド・アブバカルなんですが……」と誤報を疑ったのですが、その記事をもとに次々と同じ内容を記事にするメディアが多発。

 今回上記の記事が、「ソコト・スルタン“アルハッジ”・サアド・アブバカル3世の長男ウスマン・サアド・アブバカル(Usman Sa’ad Abubakar, the eldest son of the Sultan of Sokoto Alhaji Sa’ad Abubakar III)」とはっきり書いてくれたので、たぶんこれが正しいのではないかと思います。
 とはいえ、それ以外は特に独自に何も調べていない様子なので、続報など入らないといまいち信用できないところがあります。

 

 それはともかく、ナイジェリア系メディアが、スルタンとその長男の名前を混同するという失態に驚いています。
 もっともスルタンの名前が、単に「サアド・アブバカル」と書かれているケースも見ます(上記の記事も“3世”は入ってますが同様)。

 

追記:
 同乗者の二人、
 ハリーファ・ムハンマド・マアシオKhalifa Muhammad Maacio)、
 ザイナブ・バラウ・イサーZainab Bara’u Isah)、
 はスルタンの子息の「いとこ」と報道されています。
※「counsin」とだけ書かれていると割と遠い親戚のケースもありますが…。

 

ナイジェリア伝統的君主:オム=アラン王にアブドゥルラヒーム・オラデレ・アデオティ陛下が承認される(2018年9月)

 2018年9月7日、ナイジェリア連邦共和国クワラ州政府は、空位となっていたオム=アラン王(Olomu of Omu-Aran)に、申請がなされていた“アルハッジ”・アブドゥルラヒーム・オラデレ・アデオティ陛下(Oba Alhaji Abdulraheem Oladele Adeoti)を承認した模様です。
 1956年9月22日の61歳。

 オム=アラン王位は、2017年11月のチャールズ・イビトイェ陛下(Oba Charles Ibitoye)崩御とともに空位となっていました。

 

 (英語)Kwara community rejoices over appointment of new monarch
 (英語)Kwara approves appointment of new Olomu of Omu-Aran – Punch Newspapers

 

 なお、即位式をおこなって後に、正式な王とみなされるのではないかと思います。

続報:
 即位式(2018年9月22日):ナイジェリア伝統的君主/オム=アラン王アブドゥルラヒーム・オラデレ・アデオティ陛下の即位式がおこなわれた模様

 

訃報(2018年8月?):ナイジェリア・オシューン州の伝統的君主/モダケケ王フランシス・オラトゥンジ・アデドイン陛下、崩御(?~2018)96歳。伝統に基づき一月ほど死が伏せられた模様。地域では七日間の服喪と全樹木伐採(樹木の一部を切断?)の指示

 2018年8月に、ナイジェリア連邦共和国オシューン州(オスン州 or オシュン州)の伝統的君主のひとり、モダケケ王フランシス・オラトゥンジ・アデドイン陛下(Oba Francis Olatunji Adedoyin, The Ogunsua of Modakeke)が崩御した模様。
 発表した同地域のオロイェデ・オラスポ・アディオ首長(Chief Oloyede Olasupo Adio, The Oosa of Modakeke)によれば、伝統的理由により四週間前後の間、死が伏せられていたとのこと。
 七日間の服喪と全樹木伐採の指示が出たようです。伐採と書きましたが、地域にあるすべての木のそれぞれの枝とかをほんの少し切ったんじゃないかと思っています(いくらなんでも地域の樹木を全部切り倒さないと思いますが……)。

 

 (英語)Modakeke’s monarch, Adedoyin, join ancestors
 (英語)Ogunsua, Modakeke monarch, Oba Francis Olatunji Adedoyin joins his ancestor at 96

 

New Telegraph – The Ogunsua of Modakeke in Osun State, Oba… | Facebook

 

ナイジェリア伝統的君主:イバダン王国で昨年【2017年】オヨ州政府に新たに“王”として認められた多数の首長(21人?)が、これを認めた現職州知事らを批判している元・州知事の上院議員(かつ同王国の上位の首長のひとり)を非難「嫉妬だ!」(2018年9月)

 ナイジェリア連邦共和国オヨ州の伝統的首長イバダン王“オバ”・サリウ・アカンム・アデトゥンジ陛下(His Royal Majesty【His Imperial Majesty】 Oba Saliu Akanmu Adetunji, the Olubadan of Ibadan)の90歳記念式典を多数の首長が欠席した件ですが、欠席の件はスルーされたまま、次の展開に移るというか、同じことが続いているというか、そういう記事が出ています。

 

 (英語)Ibadan Chieftaincy crisis: New kings tackle Ladoja – Vanguard News

 

 この問題ですが、どこが“本丸”なのかナイジェリアのニュースがどこも教えてくれないので、そもそもなんでこうなっているのかよくわからないのですが……。

 

 いちからいきます

 まずナイジェリア連邦共和国の伝統的首長は州政府レベルで公認されています。
 つまり、わかりやすくいえば、州知事が認めれば、ポンポンと王様が増えます。インチキも起きています(ざっくりいうと、有力者が州知事に金を渡して、存在してもいなかった王国の王になる、といったような)。
 人々が納得しないと、場合によっては暴動が起きます

 イバダン王国では、もちろんイバダン王がいるわけですが、上級の首長も多数います(英語記事では、普通名詞では「High Chief」が用いられることが多く、あるいはそれぞれの個別の称号が用いられます)。
 この上級の首長らは、枢密院に相当するもの(Olubadan-in-council ?)に列席していると思われます。

 さて、騒動ですが、2017年にオヨ州政府が、イバダン王国から21人の首長を王【King】の格相当として認めた、ということがありました(彼らに第一級伝統的統治者をあらわす Oba が使用されはじめます)。
 これに対し、イバダン王自身が冷淡な反応(そりゃ自分の王国から21人の王様が新たに生まれますとかいわれたら……)を示したほか、上記の枢密院に属する元オヨ州知事・上院議員ラシーディ・アデウォル・ラドジャ(High Chief Rashidi Adewolu Ladoja, The Osi Olubadan of Ibadan)がこれを州知事の失政隠しのためと批判しています。「王位バラマキ政策」ということでしょう。

※とはいえ、もともとのイバダン王国にイバダン王以外の“王”がいなかったかどうかはよくわかりません(いないと思っていますが……第二級伝統的統治者は“王”とは言及されません)。
 今回の21人は「His Royal Majesty」の敬称が用いられていますが、彼らはイバダン王に対し「His Imperial Majesty」を使用し(また報道でも使用される場合があり)、イバダン王が上位者であることは変わらないと発言し続けています。

 さて、ラドジャ元州知事・元上院議員ですが、イバダン王に即位するという願望を隠しておらず、また、当時の複数の記事から、彼の血統自体がイバダン王の候補として重要なものであるととれる内容があります(とはいえ、イバダン王国には王統はないという記事もありますが……もしやラドジャ元上院議員を格下げするためにないと報じているのではという疑惑も)。

 今回、彼を「嫉妬だ!」などと非難しているのは、レカン・バログン陛下(His Royal Majesty Oba Lekan Balogun, The Otun Olubadan of Ibadan)で、こちらの方も元・上院議員のようです(ややこしい!)。
 これまでの経緯からして、この“陛下”が、新規量産された諸王のボス格のようです。

 そのほか、上記の記事から、
 オウォラビ・オラクレヒン陛下(His Royal Majesty Oba Owolabi Olakulehin, The Balogun of Ibadan【Ibadanland】)、
 タジュデエン・アジボラ陛下(His Royal Majesty Oba Tajudeen Ajibola,The Osi Balogun of Ibadan【Ibadanland】)、
 エッディー・オイェウォレ陛下(His Royal Majesty Oba Eddy Oyewole, The Asipa Olubadan of Ibadan【Ibadanland】)、
 ラテエフ・グバダモシ・アデビンペ陛下(His Royal Majesty Oba Lateef Gbadamosi Adebimpe, The Asipa Balogun of Ibadan【Ibadanland】)、
 アミドゥ・アジバデ陛下(His Royal Majesty Oba Amidu Ajibade)、
 といった方々の名前がありますが、このうち最後の方を除くと、このたくらみ(?)に関する記事でよく名前を見ます。
※最後のアミドゥ・アジバデ陛下が枢密院のメンバーかどうかはわかりません。

 イバダン王国の枢密院のメンバー(11人)の称号は(下記の名称の末尾に「of Ibadan」か「of Ibadanland」が付けられます)、
 Otun Olubadan
 Osi Olubadan
 Asipa Olubadan
 Ekerin Olubadan
 Ekarun Olubadan
 Balogun
 Otun Balogun
 Osi Balogun
 Asipa Balogun
 Ekerin Balogun
 Ekarun Balogun
 となっており(注意:間違っているかもしれないし、最近の情勢で根本的に変わっているかもしれません)、このうち先頭の「Otun Olubadan」と、単独名称の「Balogun」が、イバダン王「Olubadan」に次ぐものとなっているそうで、二人とも21人に入っています。
 おそらく Olubadan が末尾についている称号と、Balogun 系統の称号が、イバダン王国の伝統的二集団からそれぞれ出ているのだと思います。

 先にいったとおり、首謀者のバログン陛下は、イバダン王が彼らの上位者であることは変わらないといい続けていますが、これは、自身が将来イバダン王になる可能性を考えてのことかもしれません。

 

 21人が王となったということは、ラドジャ元上院議員を除いた枢密院のメンバー10人が全員そうなっているとしても、残り11人はより下位の首長か、あるいは首長ではないが有力者の人々ということになると思われます。
 妙にもほどがある話ですが、記事からは、オヨ州では他でも王位バラマキがおこなわれていることが示されています。
 州内部でも納得しない人はいくらでもいるでしょうが、複数の州にまたがる民族の中で、ひとつの州だけ中ボス連中が大ボスに昇格というのは、民族集団内部でもいろいろ複雑な感情が渦巻いていそうですが……。

 

追記:
 記事をまたひとつ見かけたので。

 (英語)Olubadan: Obas accuse Ladoja of fueling chieftaincy crisis– The Sun News

 だいたい同じ内容なのですが、こちらによりますと、アミドゥ・アジバデ陛下が「Ekaarun Olubadan」となっています(「Ekarun Olubadan」のスペルミスか、異表記でしょう)。

 また、こちらの記事に掲載された批判によりますと、そもそも2005年に、今批判を受けているラドジャ元州知事・元上院議員が似たようなことをたくらんだと書かれています(当時は彼自身が州知事です)。
 「Jagun Balogun of Ibadanland」という上記の枢密院のメンバーよりは下位であろう首長や、「Baale」と呼ばれている「Onijaye of Ijaye」「Baale of Lalupon」「Onikereku of Ikereku」「Baale of Erunmu」も含めて47人を第一級統治者にしようとしたが、臆病で無惨に失敗したとのこと。
 これが本当なら、彼自身が実現して将来のイバダン王への確実な布石にしたかったことを、「やっぱまずいかな……」と尻込みした後、長い時を経てレカン・バログン陛下らが今回おこなってしまったので反発しているという可能性もあり、もしそうなら「嫉妬だ!」というのもあながち間違いではないでしょう(「嫉妬」と指摘しているのは、あるいは彼自身が王になれなかったことだけではなく、彼自身が主導できなかったということも含んでいるのかもしれません)。

 とはいうものの、事実に関する内容が正しいのかどうかもわからないし、愚かなことをやった人間と思いとどまった人間のどちらがマシか、という問題なら、答えはいうまでもありません。

 いずれにせよ、ラドジャ元州知事・元上院議員はともかくとして、イバダン王自身が新たな王たちを受け入れていない以上(そして王たちが失礼な振る舞いをした以上)、少なくとも代替わりまでは膠着状態が続くのではないでしょうか。

 

ナイジェリア伝統的君主:デルタ州のオボトベ王国の王にエマニュエル・ワレウェイミ・アリカウェイ陛下が戴冠した模様(2018年8月)

 2018年8月31日、ナイジェリア連邦共和国デルタ州の伝統的君主、オボトベ王国(Obotobe Kingdom)の王(Ebenanawei?)に、エマニュエル・ワレウェイミ・アリカウェイ陛下(His Royal Majesty【HRM】 Emmanuel Wareweimi Arikawei)が戴冠した模様です。

 

 (英語)Delta community gets new monarch – The Nation Nigeria

 

 狭い地域、そしてなんの職かわからない固有名詞など、現地の状況がほぼわかりませんが、いっぽう「oil-rich」と記されているので、すでに石油利権があるか、これからの産油が期待されているのかと思います。

 以下の二人の人物が気になりました。
 トゥンデ・スムース(High Chief Tunde Smooth JP.)は(The Bolouwei (traditional Prime Minister) of Obotobe Kingdom)、つまり「オボトベ王国伝統的首」ですが……「宰相」とでも思っておきましょうか。
 いっぽう、ジェームズ・イェイナマグネガ(Chief James Yeinamagnegha JP.)は(The Regent)つまり「摂政」です。

 摂政の代理として宰相が役割を果たしたようですが、摂政はなにをしているのか(病気とか?)や、摂政は「Chief」なのに今回の代理役の宰相のほうが「High Chief」と上級になっていることも気になります。
 宰相は世襲の上級首長で、摂政はオボトベ王不在のときに臨時に宰相家よりも下位の首長から指名されたとかそういうことなのかとも思いますが、すいません全部妄想ですね

 なお、どちらにも付いている「JP.」は治安判事(Justice of the peace)ではないかと思いますが……。