結婚予定(2018年9月8日):トラウトマンスドルフ=ヴァインスベルク伯女マリア・アメリー殿下とヨーゼフ・フライヘル・フォン・カプ=ヘル。共通先祖はアウエルスペルク公ヴィルヘルム殿下の模様

 2018年9月8日、イタリアで、トラウトマンスドルフ=ヴァインスベルク伯女マリア・アメリー殿下(Her Illustrious Highness Countess Maria Amelie of Trauttmansdorff-Weinsberg : マリア・アメリー・グレフィン・フォン・ウント・ツー・トラウトマンスドルフ=ヴァインスベルクMaria Amelie Gräfin von und zu Trauttmansdorff-Weinsberg)とヨーゼフ・フライヘル・フォン・カプ=ヘルJoseph Freiherr von Kap-herr)が結婚予定のようです。

 マリア・アメリー伯女殿下は1993年4月20日生まれの24歳。
 トラウトマンスドルフ=ヴァインスベルク家は、神聖ローマ帝国領邦国家君主の家柄で、メディアタイズド・ハウスに分類されるほか、ウラデル、ベーメン貴族のチェコ貴族、オーストリア貴族といった扱いになるようです。

 ヨーゼフ・フライヘル・フォン・カプ=ヘルは1990年生まれのようです。
 ヘッセン=ダルムシュタットにてフライヘル【ドイツでの男爵格】の称号を得た家柄。

 二人の共通の先祖が、神聖ローマ帝国領邦国家君主諸家およびオーストリアに併合されオーストリア貴族となったアウエルスペルク家のヴィルヘルム殿下(1749~1822)のようです。

 

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結婚(2018年6月2日):トラウトマンスドルフ=ヴァインスベルク伯女マリー=カテリネ殿下とモーリッツ・フォン・ナトゥジウス氏

 2018年6月2日に、トラウトマンスドルフ=ヴァインスベルク伯女マリー=カテリネ殿下(Her Illustrious Highness Countess Marie-Catherine of Trauttmansdorff-Weinsberg : マリー=カテリネ・グレフィン・フォン・ウント・ツー・トラウトマンスドルフ=ヴァインスベルクMarie-Catherine Gräfin von und zu Trauttmansdorff-Weinsberg)とモーリッツ・フォン・ナトゥジウス氏(Moritz von Nathusius)が、オーストリア共和国ウィーンで結婚するようです。

 マリー=カテリネ伯女殿下は1990年1月20日生まれの28歳。
 トラウトマンスドルフ=ヴァインスベルク家は、神聖ローマ帝国領邦国家君主の家柄で、メディアタイズド・ハウスに分類されるほか、ウラデル、ベーメン貴族のチェコ貴族、オーストリア貴族といった扱いになるようです。

 モーリッツ・フォン・ナトゥジウス氏は1989年6月5日生まれの28歳。
 ナトゥジウス家は、ドイツのプロイセン貴族の家柄ですが、フォン“von”を受けていない系統も含め、様々な人物を輩出しているようです。

 

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訃報(2018年1月5日):パッペンハイム伯女ウルズラ殿下、薨去(1926~2018)パッペンハイム家地所所有者

 2018年1月5日、1960年の父パッペンハイム伯ルートヴィヒの薨去に伴ってパッペンハイム家の所領を継承していた、パッペンハイム伯女ウルズラ殿下(Her Illustrious Highness Countess Ursula of Pappenheim : ウルズラ・グレフィン・ツー・パッペンハイムUrsula Gräfin zu Pappenheim)が薨去したようです。
 1926年4月9日生まれの91歳。

 薨去に伴い、地所は娘のレッケ=フォルマーシュタイン伯爵女・パッペンハイム伯女・エグロフシュタイン伯爵子夫人イニガ(Countess Iniga of Recke-Volmerstein-Pappenheim : イニガ・グレフィン・フォン・デル・レッケ=フォルマーシュタイン=グレフィン・ツー・パッペンハイムIniga Gräfin von der Recke-Volmerstein-Gräfin zu Pappenheim)が継承するようです。

※パッペンハイム家当主およびパッペンハイム伯の地位は、1960年のルートヴィヒの薨去に伴って傍系の男子に継承されていることになりますが、地所というか所領というかは上記のように、ということです。

 

記事:
 (ドイツ語)Pappenheim: Eine Pappenheimer Ikone ist verstorben – Weißenburg – nordbayern.de
 (ドイツ語)Pappenheim trauert um Gräfin Ursula | Pappenheimer Skribent
 (ドイツ語)Pappenheim: Gräfin von Pappenheim gestorben
 (ドイツ語:死亡告知)Anzeige von Ursula Gräfin zu Pappenheim | miteinandertrauern.de – ursula-graefinzupappenheim#/trauerfall

 

※記事では、パッペンハイム家(パッペンハイマー)が消滅したかのような書き方ですが、傍系は宗派が違うせいか地元にいないせいか地所を持っていないためかスルーされていますね。また、傍系の男系男子も比較的若い世代が一人で未婚(1981年生まれのゲオルク殿下)のため、存続についてはやや危うい状況です。

 

訃報(2015年6月4日):前ハノーファー王室当主夫人/ハノーファー公妃(未亡人)モニカ殿下、薨去(1929~2015)

 2015年6月4日、ハノーファー公妃モニカ殿下(Her Royal Highness Princess Monika of Hanover)が薨去した模様です。
 1929年8月8日生まれの85歳。
 先代のハノーファー王室/ハノーファー公である故エルンスト・アウグストの2番目の妻で、二人の間に子供はありません。
 メディアタイズド・ハウス(陪臣化された神聖ローマ帝国領邦国家君主の家柄)の一つ、ゾルムス=ラウバッハ家出身です。

 

記事:
 (ドイツ語)Monika von Hannover ist tot

 (英語)Royal Musings: Another Hannover death
 (英語)Royal Musings: Death Notice: HRH Princess Monika of Hannover

 

結婚(2015年5月23日):ナイペルク伯女カロリーネ殿下とリンブルク=シュティルム伯爵子フィリップ

 2015年5月23日に、ナイペルク伯女カロリーネ殿下(Her Illustrious Highness Countess【Gräfin】 Caroline of【von】 Neipperg)とリンブルク=シュティルム伯爵子フィリップ(Count Philippe of【de】 Limburg-Stirum)が、フランス共和国のサン=テミリオンで結婚式を挙げたそうです。

 カロリーネ伯女は、1986年10月10日生まれの28歳。
 フィリップ伯爵子は、1985年1月18日生まれの30歳(異なる情報もあります)。

 ナイペルク家は神聖ローマ帝国領邦国家君主で陪臣化された家柄の一つ。カロリーネ伯女は、現在の当主ナイペルク伯ヨーゼフ・フーベルト殿下の孫(三男の次女)です。

 リンブルク=シュティルム家は、同じく陪臣化された系統もありましたがそれらは絶え、現在の系統はオランダ貴族となっています。

 

記事など:
 (フランス語)Caroline von Neipperg et Philippe de Limburg Stirum – Noces comtales à Saint-Émilion

 (英語)de Limburg-Stirum-von Neipperg Wedding Takes Place in Saint-Émilion | The Royal Forums