信濃飯嶋氏【飯島氏】第29代当主 飯島紘 氏が、昨年の「信州飯島氏800年のミステリー」に続いて「ひろし物語~六歳の私~」を自費出版とのこと(2021年5月)清和源氏・片切氏の分家

 昨年【2020年】末、清和源氏・片切氏の分家にあたる信濃飯嶋氏【飯島氏】第29代当主飯島紘氏が著書「信州飯島氏800年のミステリー」を自費出版したとお伝えしましたが、それに加え、自伝「ひろし物語~六歳の私~」も刊行されたということです。

 昨年の記事によれば、同家は後継がいないようです。
 また、問い合わせ先は電話になっていましたが、今回は郵送となっています(リンク先記事を参照のこと)。

 

 飯島氏研究の集大成 飯島紘さん著書刊行 – Nagano Nippo Web

清和源氏の流れをくみ、片桐氏から分派した飯島氏。飯島町本郷に居城を構え、戦国時代には武田信玄に仕え、江戸時代には一時、彦根藩井伊家の剣術指南役も務めた。

「八〇〇年のミステリー」には、鎌倉時代の承久の乱(1221年)で手柄を立てた恩賞で、飯島氏が三沢氏と姓を変えて出雲三沢(現・島根県奥出雲町)を治めたことなど、飯島さんが研究者や出雲側と親交を深める中で解明された史実も収録している。

現在、飯島、奥出雲両町は町ぐるみの交流に発展している。

自伝は祖母の死や母の病気など、飯島さんにとって忘れがたい1年を振り返ったもので、祖母の養生のために引っ越した叔父宅での暮らしぶりなどをつづっている。

いずれもA5判で価格は各2000円。

久能山東照宮で徳川家康命日の御例祭。徳川宗家継嗣 徳川家広 氏が当主名代として臨席(2021年4月)

 2021年4月17日、静岡県静岡市駿河区の久能山東照宮にて、徳川家康とくがわ いえやす)命日の御例祭がおこなわれたようです。

 徳川宗家第18代当主徳川恒孝氏(とくがわ つねなり)の名代として、継嗣の徳川家広氏(とくがわ いえひろ)が臨席したようです。

 

国宝 久能山東照宮 公式「真恒」展示中さんはTwitterを使っています 「御祭神徳川家康公が薨去された日にあたる本日、当宮で最も重要な祭事である御例祭が雨天の下齋行されました。 本年は当宮司祭徳川御宗家第18代御当主徳川恒孝様御嫡男 徳川家広様を御名代に齋行され、特別な「三品立神饌」の供進や江戸時代の故事に基づく「神供進献の儀」等が厳粛に執り行われました。 https://t.co/CRyX5YVaPo」 / Twitter

 

青森県黒石市教育委員会が黒石陣屋の跡地を示す「黒石陣屋跡」の御城印を作成(2021年4月)黒石津軽家第15代当主 津軽承公 宮司がコメント

 青森県黒石市教育委員会が黒石陣屋の跡地を示す「黒石陣屋跡」の御城印を作成したとのことです。
 記事中写真説明文内にて、黒石神社の津軽承公宮司(黒石津軽家第15代当主)が短文ですがコメントしています。

 1枚300円で授与ということです。
 市教委が関わっているので、郷土の歴史教育の一環かなにかとも思われますが、詳細は不明。
「※詳しくは本紙紙面をご覧ください」ともあるので地元の方は紙面にてもう少し情報が手に入るかもしれません。

 

 「黒石陣屋跡」の御城印作成/黒石市教委 by 陸奥新報

黒石神社(津軽承公宮司)で1枚300円で授与され、関係者は「黒石陣屋の歴史を知ってほしい」と話している。

勝興寺の保存修理事業竣工式に加賀前田家第18代当主 前田利祐 氏が参列(2021年4月)

 2021年4月11日、富山県高岡市の勝興寺で、保存修理事業竣工式がおこなわれ、加賀前田家第18代当主前田利祐氏(まえだ としやす)が参列したようです。

 

 平成の大修理400人祝う 高岡・勝興寺で竣工式 国宝化に期待|社会|富山のニュース|富山新聞

前田家18代当主の前田利祐(としやす)氏、橘慶一郎衆院議員、新田八朗知事、高橋正樹高岡市長、宮田亮平前文化庁長官、杉浦久弘文化庁次長が祝辞を述べ、関係者がテープカットした。

 

勝興寺 公式サイトより:
 (写真4枚目が前田利祐氏)重要文化財勝興寺保存修理事業竣工式 2021年4月11日(日) 10:00〜11:00

 

那須国造碑が祭られている笠石神社で「日本考古学発祥の地」記念碑の除幕式(2021年3月)水戸徳川家第15代当主 徳川斉正 氏が参列

 2021年3月28日、那須国造碑を祭っている栃木県大田原市の笠石神社で、「日本考古学発祥の地」記念碑の除幕式がおこなわれ、水戸徳川家第15代当主徳川斉正氏(とくがわ なりまさ)が参列したようです。

 

 「考古学発祥」の碑 除幕 水戸徳川家当主ら出席 大田原の笠石神社|地域の話題,県内主要|下野新聞「SOON」ニュース|下野新聞 SOON(スーン)

題字を揮毫(きごう)した水戸徳川家15代当主徳川斉正(とくがわなりまさ)さん(62)と、発掘の契機となった「那須記」を献上した大金家の24代当主大金重晴(おおがねしげはる)さん(70)=那珂川町小口=も出席し、約330年の時を超えた当主対面ともなった。

下野新聞さんはTwitterを使っています 「「考古学発祥」の碑 除幕 水戸徳川家当主ら出席 大田原の笠石神社 https://t.co/cgQHSNhA8U #下野新聞」 / Twitter

 

 水戸藩主徳川光圀に、「那須記」を献上した大金重貞という庄屋らが、那須国造碑と上侍塚古墳・下侍塚古墳の関連を調べるために、光圀の命により両古墳を発掘調査したことがあったようです。

 今回、大金重貞の子孫の大金家第24代当主大金重晴氏(おおがね しげはる)も参列したとのこと。