マルタ騎士団副長(総長の代行職)が、聖ヨハネ騎士団同盟との協議会に(2022年10月)聖ヨハネ騎士団ブランデンブルク大管区管長/プロイセン王子オスカー殿下らが臨席

 2022年10月7日から、マルタ騎士団(=聖ヨハネ騎士団)と、マルタ騎士団が認める聖ヨハネ騎士団の4つの後継(あるいは分枝)騎士団、聖ヨハネ騎士団ブランデンブルク大管区、スウェーデン聖ヨハネ騎士団、オランダ聖ヨハネ騎士団、英国の聖ヨハネ騎士団、との協議会がおこなわれました。

 マルタ騎士団は主権実体として外交関係を持つ国々もあり、スウェーデン聖ヨハネ騎士団とオランダ聖ヨハネ騎士団、英国の聖ヨハネ騎士団は微妙に位置付けが異なるもののそれぞれの国の君主からの庇護や叙勲がなされています。
 聖ヨハネ騎士団ブランデンブルク大管区はすでに統治している君主とは関連のない団体ですが、もともとここからスウェーデンとオランダの騎士団がわかれたこともあり、ドイツ以外の国々にも支部を持っています。

 マルタ騎士団とこれらの騎士団は共同で慈善活動をおこなっています。

 マルタ騎士団からは、総長代行の副長“フラー”・ジョン・ダンラップ(Lieutenant of Grand Master Fra' John Dunlap)、
 聖ヨハネ騎士団ブランデンブルク大管区管長プロイセン王子オスカー殿下(His Royal Highness Prince Oskar of Prussia, the Herrenmeister of the Johanniterorden : Oskar Prinz von Preußen【Preussen】オスカー・プリンツ・フォン・プロイセン)、
 英国の聖ヨハネ騎士団から副長のマーク・コンプトン教授(the Lord Prior of the Most Venerable Order of Saint John, Mark Compton)、
 スウェーデン聖ヨハネ騎士団司令官でスウェーデン無爵位貴族のオットー・ドレイケンベリ(the Commander of the Order of Saint John in Sweden, Otto Drakenberg)、
 オランダ聖ヨハネ騎士団の評議会の議長(?)でオランダ貴族のエルンスト・カレル・グレーヴェン(Coadjutor of the Order of Saint John in the Netherlands, Ernst Karel Greven)、
 らが臨席。

 

 (英語:マルタ騎士団 公式サイト)Alliance of the Orders of Saint John Meeting – Sovereign Order of Malta

Order of MaltaさんはTwitterを使っています: 「With speeches by Lieutenant of Grand Master Fra' John Dunlap, Herrenmeister Oskar Prinz von Preussen, Lord Prior Mark Compton, Commander Otto Drakenberg and Coajutor Ernst Karel Greven, the conference with the Council of the Alliance of the Orders of St. John began today in Rome. https://t.co/59rTpZrgcM」 / Twitter

マルタ騎士団の“グランド・チャンセラー”だったアルプレヒト・フライヘル・フォン・ベーゼラガー閣下が、ローマ教皇主導での騎士団の制度変更がおこなわれていることへの懸念や、騎士団を離脱する意向を示している人々を引き留める書簡(2022年10月?)

 マルタ騎士団の“グランド・チャンセラー”(国務大臣相当)をローマ教皇フランシスコ聖下によって解任されたアルプレヒト・フライヘル・フォン・ベーゼラガー閣下(Albrecht Freiherr von Boeselager)が、騎士団の現状への危機感を表明したり、騎士団を離脱する意向を示している人々を慰留したりしているようです。

 これは、主権実体として多数の国と外交関係を樹立していたり、本部宮殿や本部邸がイタリアの治外法権になっていたりする特殊な存在であるマルタ騎士団を、フランシスコ教皇が自身の管轄下に強く置く(あるいは特殊な地位を削る)ための変更を打ち出し続けていることが原因です。

 もともとの始まりは、第79代マルタ騎士団総長“フラー”・マシュー・フェスティング殿下と、ベーゼラガー閣下の影響力争いかあるいは目指す方向性の違いか、といったところから内部の争いがあり、ベーゼラガー閣下側にたったフランシスコ教皇がマシュー・フェスティング殿下を辞任に追い込むという結末になりました。
 時はたち、今度はベーゼラガー閣下が教皇によって解任されるという結末に。「二虎競食の計」という言葉も浮かびますが……。

 憲章の改定などによる制度変更はもとより、騎士団内部の人間ではないローマ教皇の強い影響に置かれている現状は、マシュー・フェスティング殿下が主張した「(ローマ教皇による)国際法違反」でなければ、マルタ騎士団が主権実体である必要がないととらえるしかないかもしれません(もちろん必要があるかといわれるとないような気もします)。
 しかしマルタ騎士団の特異性がなくなれば、支持者は減り、支持者が減ればできることは減り、できることが減れば支持者が減り、と、そこまで顕著な影響が出るかどうかは正直わかりませんが、マイナスの方へと向かっていくでしょう。

 

 (英語)Order of Malta’s former chancellor writes letter about Pope Francis, calls for unity in time of crisis  | Catholic News Agency

Catholic News AgencyさんはTwitterを使っています: 「The former grand chancellor of the Order of Malta has written a letter to members calling for unity while also expressing concern over the new constitution promulgated by Pope Francis, reports @andygag https://t.co/lFNI4qezQb」 / Twitter

訃報(2022年7月24日):ソニア・デ・モラレス・デ・ボルボン=ドス・シシリアス閣下が薨去(1969~2022)スペイン王フェリペ6世陛下らが葬儀に参列

 2022年7月24日、ソニア・デ・モラレス・デ・ボルボン=ドス・シシリアス閣下(The Most Illustrious Sonia de Morales de Borbón-Dos Sicilias)が薨去しました。
 1969年12月9日生まれの52歳で、死因は明らかにされていません。

 母親がカラブリア系統のブルボン=両シチリア王女イネス殿下で、スペイン王室の近親となります(近親の数が膨大ですが)。

※なお、イネス殿下がスペインでのグランデになっているらしいので、グランデの継嗣以外の敬称(The Most Illustrious)を使用しました。

 葬儀にはスペイン王フェリペ6世陛下、スペイン王女エレナ殿下らが参列したようです。

 

España Diario:
⚫ LUTO EN LA CASA REAL por la INESPERADA MUERTE de Sonia Morales: El rey Felipe VI, ROTO – YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=yGcWWlqsj5Y

 

 (スペイン語)Luto en la familia real: muere Sonia de Morales de Borbón-Dos Sicilias, prima de Felipe VI
 (スペイン語)La infanta Elena se reencuentra con su hermano, el rey Felipe, en el funeral de su prima Sonia de Borbón

訃報(2022年4月?):ムハンマド・ナーディル・ハーン王子殿下が薨去(1941~2022)故・旧アフガニスタン王ムハンマド・ザーヒル・シャー陛下の子息の一人

 2022年4月(?)に、(旧)アフガニスタン王室のムハンマド・ナーディル・ハーン王子殿下(His Royal Highness Prince Muhammed Nadir Khan)がイタリア共和国のローマで薨去していたようです。
 1941年5月21日生まれの80歳。

 

TOLOnewsさんはTwitterを使っています: 「Prince Mohammad Nadir Zahir, son of former Afghan king Mohammad Zahir Shah, has passed away in Rom, Italy, his relatives said. #TOLOnews https://t.co/BPdUmSy4M8」 / Twitter

 

 故・旧アフガニスタン王ムハンマド・ザーヒル・シャー陛下の子息の一人です。

訃報(2022年1月10日):オーストリア=エステ大公妃マルゲリータ殿下(サヴォイア=アオスタ公女)が薨去(1930~2022)オーストリア=エステ大公/ベルギー王子ローレンツ殿下の母

 2022年1月10日、オーストリア=エステ大公妃マルゲリータ殿下(サヴォイア=アオスタ公女 : Her Imperial and Royal Highness Archduchess Margherita of Austria-Este : Princess of Savoia-Aosta : マルゲリータ・ディ・サヴォイア=アオスタMargherita di Savoia-Aostaマルゲリータ・エルツヘルツォーギン・フォン・エスターライヒ=エステMargherita Erzherzogin von Österreich-Este)が薨去したようです。
 1930年4月7日生まれの91歳。

 イタリア王室アオスタ系統に生まれ、ハプスブルク家の故オーストリア=エステ大公ローベルト殿下と結婚。
 長男のローレンツ大公殿下はベルギー王女アストリッド殿下と結婚し、後にベルギー王子の称号を得ています。

 

Patto per la CoronaさんはTwitterを使っています: 「Scomparsa la Principessa Margherita di Savoia-Aosta, primogenita di Amedeo, Duca d'Aosta e Viceré d'Etiopia. Aveva 91 anni. Dal matrimonio con Roberto, Duca di Modena e Reggio, nel 1953, era divenuta Arciduchessa d'Austria-Este col trattamento di Altezza Imperiale e Reale https://t.co/46lFuUsCB5」 / Twitter

 

 (フランス語)Décès de la princesse Marguerite d’Autriche-Este – Revue Dynastie
 (フランス語)Margherita d’Autriche-Este, le dernier adieu de sa famille – Point de Vue
 (ドイツ語)Abdankung Erzherzogin Margherita – König Philippe in Muri