“アラウカニア・パタゴニア公【対立公】スタニスラス1世殿下”がモルドバを訪問(2017年12月)

 さきごろ亡くなった“アントワーヌ4世殿下”の後継が明らかでないので、現段階の情報では、アントワーヌ4世と対立していたアラウカニア・パタゴニア公スタニスラス1世【スタニスラス・パルビュレスコ】殿下(キディコ子爵 : His Royal Highness Stanislas I【Stanislas Parvulesco】, Prince of Araucania and Patagonia, Viscount of Quidico)がただ一人のアラウカニア・パタゴニア王国の王位継承者を称していることになりますが、そのスタニスラス1世がモルドバ共和国を訪問したそうです。

 

 (フランス語:アラウカニア・パタゴニア王国【スタニスラス1世派】公式ブログ)Le Prince d'Araucanie reçu par le Président de la République Moldave Igor Dodon. – Royaume d'Araucanie et de Patagonie.

 

 目的ですが、上記記事によれば「21世紀において、資本主義にかわるものは?」というテーマのカンファレンスに出席、となっています。ムチャな……。

 そして上記のスタニスラス1世のブログには、モルドバ共和国大統領イゴル・ドドン閣下(His Excellency Mr Igor Dodon)とともにうつっている写真があるのですが、さもこれが重要である(大統領の出迎えを受けた)かのように掲示されていますが、むこうからすれば一緒に写真をとってくれといってきた一般人の一人なのでは……。

 

追記:
 なお、スタニスラス1世は、フランス王ジャン2世の子孫であると称しており、系図の情報も出回っています。

スペイン王フェリペ6世陛下の2017年の映像(2017年12月)

 スペイン王フェリペ6世陛下(King Felipe VI : His Majesty The King of Spain)の2017年の映像です。

 

casarealtv(スペイン王室公式サイト):
Casa de su Majestad el Rey. Año 2017 – YouTube

 

スペイン王フェリペ6世陛下のクリスマスメッセージ映像(2017年12月)

 スペイン王フェリペ6世陛下(King Felipe VI : His Majesty The King of Spain)のクリスマス・メッセージ映像が公開されています。

 

casarealtv(スペイン王室公式サイト):
Mensaje de Navidad de S. M. el Rey 2017 – YouTube

 

 (スペイン語:スペイン王室公式サイト)Casa de Su Majestad el Rey de España – Actividades y Agenda – Mensaje de Navidad de Su Majestad el Rey

 

イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世陛下夫妻の遺体がイタリアに“帰国”する(2017年12月)

 2017年12月15日、故イタリア王妃エレナ陛下(Her Majesty Queen Elena of Italy : モンテネグロ出身)の遺体がフランスのモンペリエからイタリア内に移された模様。
 また12月17日には、イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世陛下(His Majesty King Vittorio Emanuele III of Italy)の遺体もエジプトのアレクサンドリアからイタリアへ。
 ともにイタリア北部のヴィコフォルテの聖堂墓所に再埋葬。

 曾孫のヴェネツィア公/ピエモンテ公/サヴォイア公子エマヌエーレ・フィリベルト殿下(His Royal Highness Prince Emanuele Filiberto of Savoy, Prince of Venice and Piedmont)は、「イタリア王にふさわしい墓所はローマのパンテオン」と話しているということです。

 

Redazione Il Nazionale:
Vicoforte: l'arrivo delle spoglie di Vittorio Emanuele III presso il Santuario – YouTube

 

News Tv2000:
Il feretro di Vittorio Emanuele III in Italia (tra le polemiche). La voce della Comunità Ebraica – YouTube

 

訃報(2017年12月16日):“アラウカニア・パタゴニア王国”の“アントワーヌ4世公殿下”が“薨去”(1942~2017)

 19世紀に現在のアルゼンチンとチリのあたりに建国したかった“アラウカニア・パタゴニア王国”の現在の代表者であった“アントワーヌ4世公殿下(His Royal Highness Prince Antoine IV : サン・ペドロ・デ・フエイウスコ公爵 : Duke of San Pedro de Hueyusco : ジャン=ミシェル・パラシリティ・ディ・パラJean-Michel Parasiliti di Para)”が2017年12月16日に“薨去”した模様。
 1942年3月26日生まれの75歳。

 子息がおられるようですが、継承するのか、または後継者を評議会で選出するのか、そのあたりはよくわかりません。

 

 (フランス語)Dordogne : le prince d’Araucanie Antoine IV est décédé – Sud Ouest.fr

 

追記1:
 未亡人シェイラ=ラニSheila-Rani)が摂政になったとの情報がありますが、未確認。
追記1-1:
 君主の未亡人が摂政を務めるとの原則が確認されています。
 (フランス語)Microsoft Word – communique2017.12a.doc

 

追記2:
 対立していたスタニスラス1世が弔意を表明。
 (フランス語)Communiqué de presse de S.A.R. le Prince Stanislas d' Araucanie. – Royaume d'Araucanie et de Patagonie.
 また、スタニスラス1世は当然“アントワーヌ4世”を認めていませんが、アントワーヌ4世がその継承より前に叙爵されていた爵位は認めているようで、長男がサン・ペドロ・デ・フエイウスコ公爵、次男が次のランクの爵位を受け継ぐ前提のような文章があります。

※スタニスラス1世はフランス王ジャン2世の子孫を称しており、系譜の情報も出回っています。

 

追記3:
 スラニスラス1世とは別にアントワーヌ4世と対立していたフランソワ・ドゥ・ラ・ガルド氏(François de La Gardeフィリップ・オルリーPhilippe Orllie)がコメント記事を発表(スタニスラス1世との関係は不明瞭で、スタニスラス1世側からは対立者ではなく離脱者とみなされているようにもとれます)。
 (フランス語)Jean-Michel Parasiliti di Para n’est plus | Araucanie Info
 どうやらアントワーヌ4世に宥和と対話を求めていたようですが、かなわなくなりました。
 ドゥ・ラ・ガルド氏は、プリンスなどの称号を称しておらず、先代(三者にとって先代のフィリップ1世=フィリップ・ボワリー)と始祖から取ったのかフィリップ・オルリーという名乗りも使っているようです(オルリーのつづりが一般と違うのはなぜなのかよくわかりませんが……)。