イタリア王室(直系)継嗣ヴェネツィア公エマヌエーレ・フィリベルト殿下がトリエステを訪問(2018年9月)トリエステ市長と会談、強制収容所跡地の訪問、ミラマーレ城【ミラマール城】への訪問

 2018年9月20日、イタリア王室継嗣のヴェネツィア公/ピエモンテ公/サヴォイア公子エマヌエーレ・フィリベルト殿下(His Royal Highness Prince Emanuele Filiberto of Savoy, Prince of Venice and Piedmont)は、イタリア共和国トリエステを訪問しました。

 トリエステ市長ロベルト・ディピアッツァ閣下(Roberto Dipiazza)と会談、トリエステの経済・産業・観光について意見交換がおこなわれたようです(一帯一路構想【シルクロード経済ベルトと21世紀海洋シルクロード】についても話が出たようで、相変わらずなぜかイタリア人は他の西欧諸国よりもこの構想がプラスの意味で気になる模様)。

 また、殿下はリジエラ・ディ・サン・サッバ(強制収容所跡地の博物館)を訪問しました。
 同収容所への強制収容を可能にした法律(曽祖父イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世陛下署名)については最近「国の恥」と語っています。

 ミラマーレ城【ミラマール城】への訪問もありましたが、こちらは予定にはないものだったようです。
 イタリア王室の中では(1898年生まれの)アオスタ公爵アメデーオ殿下が住んでいたことがある模様。

 

 (イタリア語:市長訪問関連)Emanuele Filiberto a Trieste tra enogastronomia e sviluppo della città (FOTO) – Trieste Cafe

TriesteCafeさんのツイート: "Emanuele Filiberto a Trieste! Siete interessati? All'interno dell'articolo le FOTO! https://t.co/1HLV9dbStF"

Trieste Cafe – Emanuele Filiberto a Trieste, l'incontro con il sindaco | Facebook

 

http://www.triestecafe.it/blog/2018/09/20… – Emanuele Filiberto | Facebook

 

 (イタリア語:ミラマーレ城【ミラマール城】訪問関連)Emanuele Filiberto di Savoia a Miramare – Trieste Cafe

TriesteCafeさんのツイート: "Visita a Miramare https://t.co/qJPE6evLth"

Trieste Cafe – Visita a Miramare | Facebook

 

 (イタリア語:上部写真はリジエラ・ディ・サン・サッバでの献花ですが、内容は全般)Emanuele Filiberto in visita a Trieste

TRIESTEPRIMAさんのツイート: "Emanuele Filiberto di Savoia: "Le leggi razziali una vergogna nazionale" https://t.co/AdquEVkjMx… "

 

 リジエラ・ディ・サン・サッバ関連:

 (動画)Emanuele Filiberto: "Leggi razziali una vergogna nazionale" – video – TGR Friuli Venezia Giulia

Tgr Rai FVGさんのツイート: "In visita alla #RisieraSanSabba Emanuele Filiberto definisce una vergogna nazionale le #LeggiRazziali firmate dal bisnonno. https://t.co/7vKwfDpPz6"

Tgr Rai FVG – ‪In visita alla Risiera di San Sabba,… | Facebook

 

 レディプッリャ軍事慰霊堂(レディプーリア軍事慰霊堂 : Sacrario militare di Redipuglia : サクラリオ・ミリターレ・ディ・レディプッリャ)訪問時に、上記法律について「国の恥」と語ったという報道:

Tgr Rai FVGさんのツイート: ""Le leggi razziali sono una gran vergogna per l'Italia, per quello che è successo". Lo ha detto Emanuele Filiberto di Savoia, oggi in visita in FVG, a margine di una cerimonia al Sacrario militare di Redipuglia.… https://t.co/HN0Qiz26jY"

Tgr Rai FVG – "Le leggi razziali sono una gran vergogna… | Facebook

 

モナコ公アルベール2世殿下が中国を訪問(2018年9月)

 モナコ公アルベール2世殿下(His Serene Highness Prince AlbertII, Sovereign Prince of Monaco)が中国を訪問、中華人民共和国国家主席習近平閣下(His Excellency Mr Xi Jinping)の出迎えを受けたほか、モナコ公室に関する展示会の開会式に臨席したようです。

 

 (英語)Prince Albert opens Monaco exhibit in China – Royal Central

 

 (写真一覧)画像と写真 | Getty Images

Chinese President Xi Jinping accompanies Prince Albert II of Monaco… ニュース写真 | Getty Images
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冷泉家第23代当主 冷泉為臣(1944年戦死) が翻刻を手掛けていた「俊頼髄脳」の「定家本」(藤原定家らが書写)が出版される模様(2018年9月)

 藤原定家写本の歌学書翻刻出版へ 冷泉家時雨亭文庫が発表 : 京都新聞

 

 「俊頼髄脳」というのは、歌人であった源俊頼みなもと の としより)が、鳥羽天皇(当時上皇)の皇后だった高陽院藤原泰子に献上した作歌のための文書のようです。
 「俊頼口伝」「俊秘抄」という別名もある模様。

 藤原泰子は、関白藤原忠実の娘。

 この「俊頼髄脳」の最古の写本が、有名な藤原定家らによるものらしいのですが(「定家本」と記事にありますが、それは別の有名なものと混同するのでは……)、それの翻刻(出版できるように原稿を準備したということだと思います)を手掛けていたのが、1944年に中国で戦死した冷泉家第23代当主の冷泉為臣(れいぜい ためおみ)で、戦死のため「定家本」もどこにいったかわからなくなっていたようです(2005年発見……)。
 冷泉家は藤原定家の子孫の系統です。

 また、江戸時代の冷泉家第14代当主冷泉為久が「為久本」と呼ばれるものを出しているようです(写本??)。

 今回、冷泉為臣が生前に完成近くまで進めていたものを、学者らがチェックして仕上げたということになりそうです。

 冷泉為臣は父の冷泉家第22代当主冷泉為系伯爵に先立って亡くなっており、また父も隠居していたという情報もないので、「当主」であった時期はないのかと思います(数え方の問題)。
 ただ、上記の記事によれば、同家の典籍公開のために時雨亭文庫の一巻目の刊行を主導したのが為臣のようです。

 

追記:
 リンクをひとつ追加しておきます。

 「俊頼髄脳」の翻刻本出版 冷泉家23代当主・為臣氏の遺稿が76年ぶりに日の目(1/2ページ) – 産経WEST

 

天皇(明仁)陛下が中華人民共和国国務院総理【首相】 李克強 閣下と会見(2018年5月)

 2018年5月10日、天皇陛下(明仁あきひと : Emperor Akihito : His Majesty【His Imperial Majesty】 The Emperor)は、訪日している中華人民共和国国務院総理李克強閣下(り こくきょう : His Excellency Mr Li Keqiang)と会見しました。

 

 ご引見(中華人民共和国国務院総理「公賓」)(御所) – 宮内庁

 天皇陛下 中国の李克強首相と懇談 | NHKニュース

 

ネパールの記事を読んでいたら、内容がよくわからないものの、旧ネパール王ギャネンドラ陛下と共和政移行当時の七政党の間になんらかの“合意書”が存在するかもしれないとか、インドの有力政治家でジャンムー・カシミール藩王位継承者のカラン・シング氏が陛下とたびたび接触しているとか、そんなようなことが(2018年4月)

 (英語)Truth on Nepal Monarchy! – Telegraph Nepal

 

 ぶっちゃけていうと、旧ネパール王ギャネンドラ陛下(His Majesty King Gyanendra of Nepal)に否定的な記事ですが。

 ネパール内部の政治状況から、かつて共和政移行前に七政党とギャネンドラ陛下が、インドの有力政治家でジャンムー・カシミール藩王位継承者のカラン・シング氏(Karn Singh)の臨席のもとに合意書を締結していたのではないかという話が出ています(王政の護持の内容??)。
 ただ、その合意書は守られず、王政は廃止され、シング氏はいまもギャネンドラ陛下と接触を保ち、陛下はだまされたと語っている、という内容があります(読みにくい文章なので間違っているかもしれません)。

 しかし……。

 

 「だからなんだよ」という話でもあります。
 ひっくりかえせるならとっくにひっくりかえせる話しなわけで、なぜいまさら蒸し返されているのか。

 記事の書き手は、合意書があるかどうか、あるなら内容の公開を求めていますが、なぜそれが求められるのかまったくもってわかりません

 

 いずれにせよ、中国の影響力が強くなっている状況で、ネパールは“地雷”となる可能性を秘めているのは事実です。
 ジャンムー・カシミールが分離独立や西側のパキスタンとの絡みで問題を抱え、その藩王位の継承者であるシング氏がインドの利益を考えるならば、東側のネパールではギャネンドラ陛下を利用して政局をかきまわして中国を遠ざける策に使える存在として利用できると考えているのか。あるいは藩王の地位を失った父を思い出して同情しているのか(事情をよく知りませんけれど、別に廃位されたわけではないので、そうは思えませんが)。

 そんなわけで、どちらかといえばシング氏の行動が気になりました。
※あえて、カラン・シング殿下(His Highness Karn Singh)とは書きませんでした。