ルーマニア王室当主/ルーマニア王位守護者マルガレータ陛下が、キリスト教/ルーマニア総主教ダニエル聖下と会見(2018年9月)

※この記事はキリスト教 高位聖職者のニュースと重複します。

 

 2018年9月15日、ルーマニア王室当主/ルーマニア王位守護者マルガレータ陛下(Her Majesty Margareta, the Custodian of the Crown of Romania : ルーマニア皇太子マルガレータ殿下 : Her Royal Highness Crown Princess Margareta of Romania)は、キリスト教/東方正教会/ルーマニア正教会の首座/ルーマニア正教会総主教ダニエル聖下(ブカレスト大主教 : ムンテニア・ドブロジャ府主教 : カエサレア・カッパドキアエ首座代行 : His Beatitude Daniel, Archbishop of Bucharest, Metropolitan of Muntenia and Dobrudgea, Locum tenens of the throne of Caesarea Cappadociae, Patriarch of the Romanian Orthodox Church)と会見しました。

 夫のルーマニア王子ラドゥ殿下(His Royal Highness Prince Radu of Romania)や、
 ルーマニア正教会の、トゥルゴヴィシュテ大主教ニフォン座下(個人の称号として府主教 : His Eminence Hon Metropolitan Nifon, Archdiocese of Targoviste)、
 プロイェシュティ主教ヴァルラアム座下(His Grace Varlaam, Bishop of Ploiești)、
 らが同席。

 

 (ルーマニア語:ルーマニア王室公式ニュース配信サイト)Custodele Coroanei s-a întâlnit cu Patriarhul Daniel | Familia Regală a României / Royal Family of Romania

 (ルーマニア語:ルーマニア正教会通信)Custodele Coroanei s-a întâlnit cu Patriarhul României – Basilica.ro

 

Familia Regalăさんのツイート: "Her Majesty had a meeting with the Patriarch of the Romanian Orthodox Church https://t.co/NzhggWWplU… "

 

Basilica.roさんのツイート: "Întâlnirea a avut loc la Mănăstirea Caraiman cu prilejul evenimentelor religioase şi comemorative desăfăşurate în jud. Prahova, la care a participat Familia Regala a Romaniei. https://t.co/tc2QTx2RTR"

Întâlnirea a avut loc la Mănăstirea… – Agenția de știri Basilica | Facebook

 

和歌山市西高松の県立図書館で紀州徳川家第16代当主 徳川頼貞 に関連する演奏会とシンポジウム(2018年9月)孫の徳川宜子さんが臨席とのこと

 2018年9月15日、和歌山県和歌山市西高松の県立図書館で、紀州徳川家第16代当主徳川頼貞とくがわ よりさだ)に関連する演奏会とシンポジウムがおこなわれたようです。

 頼貞の孫の徳川宜子とくがわ ことこ)さんが臨席とのこと。

 

 <南葵の宝>頼貞の音楽文庫 250人堪能 : 地域 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

 

 宜子さんは紀伊徳川家第19代当主なのかどうかで議論があったりしますが、

頼貞の孫で建築家の徳川宜子さんは、

 ということで上記記事では「当主」表記はありません。

 

 この問題ですが、一般論として、現代日本には「当主」なるものを独占的・排他的に認定できるような機関・団体はありませんので、なんともいえません。
 異論が出た場合、「好きな意見」を選んでください、としか。

 

 異論の予知のない第17代当主徳川頼韶とくがわ よりあき : 頼貞の子息)が1958年に死去します。
 その後、頼貞の未亡人である為子は青山剛あおやま ごう)という人物を養子にして後を継がせています(第18代当主 : 養子にした理由がよくわかりません)。この時青山剛あらため徳川剛は、頼貞と為子の間の娘徳川宝子と結婚したということになっています。
 ところが徳川剛は、レストランの経営に失敗して、1965年に離婚(妻と)・離縁(義母と)して、以後消息不明・生死不明となっている、という状況があります(つまり現在も生きているのかもしれません)。
 このような醜態のもと、剛が紀州徳川家の第18代当主であったとその後も認識されたはずはなく、またそもそもその以前から認識されていなかったかもしれません(そこを確定させるには、1950年代後半~1960年代の資料を研究しないといけませんが……)。

 さて、上記年代が正しいとして、父の逃走のその時、長女の徳川宜子さんはまだ10歳を過ぎたあたりであり、また、徳川の血を引く母も、頼貞の未亡人である祖母も生存しています。
 こういったややこしい状況の中、母の徳川宝子については生死含めて詳細はわからないのですが、祖母は1989年に薨去します。

 よって、剛が第18代当主だとして、宜子さんが第19代当主だとすると、いったいいつどのような理由で誰が決めたのか?、という疑問が生じますが、以前のご本人のインタビューからすると、「気がついたら」ということになります。反論できません
 とはいえ、祖母は1989年に亡くなり、もし母も亡くなっているとすると、妹とされる徳川礼子さんという人物の名前も挙がっていたりしますが、姉妹二人しかいないなら長幼の序から姉を当主だと考える人々もそれなりにいた/いるのかもしれません。

 これを承認するとして、徳川宜子さんの後の当主ですが、独身らしいので、妹とされる徳川礼子さんがどうされているか、また意思はどうなのか、という点が第一に来ると思います。
 また、もちろんこれから、宜子さんが一門から養子を迎えるということもありえないわけではありませんが、今までのインタビューなどからするとそんな気はまるでなさそうではあります。

 

 徳川一門の祭祀では和装の男ばっかりずらーっと並ぶわけで、ここに並ぶことが当主として承認されていることだという考えもできます。

 が、いずれにせよ、最初にいった通り、現代日本には「当主」なるものを独占的・排他的に認定できるような機関・団体はありませんので、なんともいえません。

 

三池立花家から寄託された三池藩最後の藩主 立花種恭 の関連資料から幕末から明治初期にかけての多数の書簡が見つかる(2018年9月)

 2018年9月12日、福岡県大牟田市立の三池カルタ・歴史資料館は、三池立花家から寄託された三池藩最後の藩主立花種恭たちばな たねゆき)の関連資料から幕末から明治初期にかけての多数の書簡が見つかったことを発表したようです。

 

 岩倉具視ら明治の実力者の書簡60点 最後の三池藩主に送る 歴史資料館が発見、10月公開 [福岡県]|【西日本新聞】

 書簡を含む史料の一部は10月2日~12月9日(月曜と最終木曜休館)、同館の企画展「三池立花家の近代-立花種恭と激動の幕末維新」で公開する。入場無料。同館=0944(53)8780。

 

 岩倉具視三条実美らの名前が見えます。

 

史料は種恭から5代目に当たる現当主が先代から引き継ぐ際に出てきたという。

 ということで、現当主の名前はありません。

 

ガーナ伝統的君主:2001年にベレクム首長に選出されていたダアセブレ・ディアウオ2世が最終的に承認された模様(2018年9月)

 ガーナ共和国ブロング=アハフォ州で、2001年にベレクム首長(Omanhene of Berekum)に選出されていたダアセブレ・ディアウオ2世Daasebre Diawuo IIレナード・オフォリLeonard Ofori)が正式に承認されたそうです。
 地域首長会議議長で、イエジ首長ピムアムピム・ヤウ・カグブレセ5世Pimampim Yaw Kagbrese V, Omanhene of Yeji)の前で宣誓がおこなわれた模様。

 なお、同州では50件前後の首長位争いが起こっている模様。

 

 (英語)BARHCs admits ‘Omanhene’ of Berekum after 18 years dispute | Ghana News Agency (GNA)

 

 なお、「首長」と訳しておいた「Omanhene」ですが、アシャンティ王の配下の場合や、独立した君主でも大規模な勢力を率いていない場合「Chief(首長)」となることが多いですが、独立しており影響力などが大きい場合「King(王)」とされていることが多いように思います。
 詳細はわかりませんが、Omanheneという用語には注意しておきたいところです。

 

企画展「徳川の栄華―徳川家、日光東照宮、牧野家ゆかりの名品―」の開場式に、徳川宗家第18代当主の 徳川恒孝 氏、越後国長岡藩主牧野家第17代当主 牧野忠昌 氏らが参列(2018年9月)外交用銀印「経文緯武」は9月30日(日)までの限定展示

 2018年9月14日、新潟県長岡市関原町の新潟県立歴史博物館にて、「徳川の栄華―徳川家、日光東照宮、牧野家ゆかりの名品―」の開場式が開催されました。

 徳川宗家第18代当主徳川恒孝氏(とくがわ つねなり)、
 越後国長岡藩主牧野家第17代当主牧野忠昌氏(まきの ただまさ)、
 らが参列し、
 徳川恒孝氏が挨拶をしたようです。

 

 「徳川の栄華」展 開幕しました! | 新潟県立歴史博物館公式サイト

オープン前日の14日開場式を開催。德川宗家18代当主である德川恒孝氏や、長岡藩主牧野家の17代当主である牧野忠昌氏のほか、主催者側では、花角英世新潟県知事、大橋武紀新潟総合テレビ代表取締役社長、髙見真二長岡市副市長など、関係者約80名が出席しました。

なお、秋季企画展は、11月4日(日)までの開催ですが、銀印「経文緯武」は9月30日(日)までの
限定展示となりますので、お見逃しのないようご注意下さい。

 
 
 初公開の「徳川宗家銀印」も「徳川の栄華展」開場式 新潟県立歴史博物館  – 産経ニュース

 

matiere*さんのツイート: "「徳川の栄華」展 開幕しました! | 新潟県立歴史博物館 https://t.co/pHC10IILbO… "

德川恒孝氏から挨拶をいただきました。

 

新潟県立歴史博物館 – 【 #徳川の栄華 】開幕しました! オープン前日の9… | Facebook

新潟県立歴史博物館さん(@niigata_rekihaku) • Instagram写真と動画

(下部:銀印を見る德川恒孝氏と牧野忠昌氏)

 

 外交用銀印「経文緯武」は、昨年発見され、今年確認されました。

 東京新聞:幕末将軍家の銀印発見 経文緯武 修好通商条約で使用:社会(TOKYO Web)

 江戸末期、徳川将軍家が外交文書に押印した銀印「経文緯武(けいぶんいぶ)」が見つかったと、徳川記念財団(徳川恒孝(つねなり)理事長)が二十日付で発表した。徳川十四代目将軍家茂と十五代目将軍慶喜が、日米修好通商条約の批准書などで対外的に「国家元首」として意思表示したことを示す貴重な資料だ。