訃報(2018年?月):リヒテンシュタイン公女エリザベート殿下、薨去(1932~2018)イタリアのウィンスピア男爵家の系統に嫁ぐ、映画関係者のエドアルド・ウィンスピアは子息

 正確な月日が不明ですが、リヒテンシュタイン公女エリザベート殿下(ウィンスピア男爵子夫人 : Her Serene Highness Princess Elisabeth of Liechtenstein, Baroness Winspeare : Ihre Durchlaucht Prinzessin Elisabeth von und zu Liechtenstein)が薨去したと報道されています。
 1932年1月17日生まれ(2月としている記事もありますが、1月が正しいのではないかと)。

 愛称は「Guky」(グキー?)。

 

 (イタリア語)Morta la mamma di Edoardo Winspeare | Il Gallo
 (イタリア語)E' morta la baronessa Winspeare, origini viennesi e una vita a Depressa

 

 1814年に男爵号(ナポリ?)を授けられているウィンスピア家の、グイチャルディ系統の一員、故リカルド・ウィンスピア・グイチャルディRicardo Winspeare Guicciardi)と結婚、映画関係者のエドアルド・ウィンスピア・グイチャルディEdoardo Winspeare Guicciardi)、フランチェスコ・ウィンスピア・グイチャルディFrancesco Winspeare Guicciardi)、クララ・ポリッセナ・ウィンスピア・グイチャルディClara Polissena Winspeare Guicciardi)の三人の子供あり。

 ウィンスピア家自体は英国のカトリックで、ステュアート王朝崩壊後にイングランドを出たようです。

 

Royal Central によると、アルバニア王室当主レカ2世殿下が、新聞(?)のインタビューに対し「アルバニアとコソボを統合し、君主政国家になるべき」と発言したとのこと(2018年8月)

 (英語)Crown Prince Leka: “Kosovo and Albania should be united under a monarchy” – Royal Central

 

 英国の王室情報ニュースサイト「Royal Central」によりますと、アルバニア王室当主/アルバニア皇太子レカ2世殿下(His Royal Highness Crown Prince Leka II of the Albanians)が、同国の新聞かなにか(メディアを特定できませんでした)のインタビューで「アルバニアとコソボを統合し、君主政国家にするべき」と発言したとのことです。

 元ネタのはアルバニアメディアがよくわからないうえ、 Royal Central は時々信用できない記事を出すので、とりあえず話半分くらいの気持ちです。

 

 いちおう簡単な政治的な背景や、かつてのアルバニア王国との絡みで少し話を。

 旧ユーゴスラビア紛争を経て、コソボ共和国は独立しましたが、独立を承認していない国々からはセルビア共和国内のコソボ・メトヒヤ自治州とみなされています。
 アルバニア人が多数。

 アルバニアがその周辺への影響力を強め、統合していく大アルバニア主義への警戒と、実際にはそのような傾向は見られないという指摘は、2000年前後からゼロ年代後半までありましたが、その後、コソボの状況の改善が見られず、また近年の世界各地の紛争や独立運動の遠因をコソボ独立に求める考えなど、ややこしい状況は続いてます。

 いっぽう、セルビア共和国側は隣接するセルビア人居住地方及び伝統的にセルビアに属すると認識されている領域への影響力拡大を目指しているのは明らかで、またキリスト教のセルビア正教会は、自身の正式名称に「ペーチ総主教庁」を加えることを議論(ペーチ【ペヤ】はコソボ領)するなど、剣呑な雰囲気もあります(そもそも同教会の現在の正式名称が人によって違ったりするのですが、とりあえず近年の正式名称はセルビア正教会でよかったのではないかと思っています。が違うかもしれません)。

 また、コソボ独立を認めることと、コソボとアルバニアの統合を認めることは別であり、これが国際的に認められるのは厳しいのではないかと思われます。

 一方、かつてのアルバニア王国は、コソボのある程度を領有していた時期があり、またアルバニア王ゾグ1世陛下は、自身の息子であるアルバニア皇太子レカ【1世】殿下が生まれる前、女系の甥タティ殿下に、コソボ公(Prince of Kosovo)の称号を与え継嗣としていました。
 このような経緯から、現在のアルバニア王室当主であるレカ2世殿下が、アルバニアとコソボの統合と君主政復活を主張するのは、政治的な緊張感が高まる可能性をスルーすれば、特に不思議はありません。

 

73歳(2018年7月17日):セルビアの旧ユーゴスラビア皇太子アレクサンダル2世殿下が73歳を迎える。この一年の活動の映像も

 2018年7月17日、現在セルビア王室を称する(旧)ユーゴスラヴィア王室当主/ユーゴスラヴィア皇太子【セルビア皇太子】アレクサンダル2世殿下(His Royal Highness Crown Prince Alexander II of Yugoslavia / Serbia)は、73歳を迎えました。

 この一年の活動の映像が公開されています。
 セルビア王室の出来事、旧王室を含む各王室との交際、チャリティーや国家的イベント、要人などとの会合がありますが、セルビア正教会を含むキリスト教/東方正教会関連のイベント・高位聖職者との会見も目立ちます(もちろん、東欧においてこれらの活動はそれぞれが完全に分割されたものではありませんが)。

 

 (英語:セルビア王室公式サイト)CROWN PRINCE ALEXANDER CELEBRATES BIRTHDAY WITH HIS FAMILY | The Royal Family of Serbia

 

英語版/
RoyalSerbianChannel(セルビア王室公式チャンネル):
17 July 2017 – 17 July 2018 – HRH Crown Prince Alexander – YouTube

セルビア語版
RoyalSerbianChannel(セルビア王室公式チャンネル):
17. jul 2017. -17. jul 2018. – Nj.K.V. Prestolonaslednik Aleksandar – YouTube

 

記事(スペイン語):ペルーの少数民族シピボ族の血を引くハプスブルク家のオーストリア大公女アマヤ殿下【7歳】と母・大公妃マヤスニ殿下、祖母に関する記事(2018年8月)

 (スペイン語)Mayasuni y Amaya: las archiduquesas de Austria con sangre shipiba

※名前に含まれている「ya」の表記ですが、「ジャ」とするほうも考えましたが、スペイン語圏およびペルー内でも発音がかなり違うものですし、シピボ族の発音や、ましてロンドン生まれのアマヤ大公女殿下がどう呼ばれているかはなんともいえないところなので、「ヤ」で統一しておきます。

 

 ペルーの少数民族シピボ族(シピボ人 : Shipibo people)の血を引くハプスブルク家のオーストリア大公女アマヤ殿下(オーストリア皇女 : ハンガリー王女 : ベーメン王女 : Her Imperial and Royal Highness Archduchess Amaya of Austria, Princess Imperial of Austria, Princess Royal of Hungary and Bohemia : アマヤ・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲンAmaya von Habsburg-Lothringen)と母のオーストリア大公妃マヤスニ殿下(Her Imperial and Royal Highness Archduchess Mayasuni of Austria)、祖母カロリン・ヒースCarolyn Heath)に関する記事です。

 英国/イングランドからカロリン・ヒースがペルーのシピボ族の地にやってきて、惚れ込んでそこで活動して子供(マヤスニ・ヒース嬢含む)もできたものの、多数のテロを実行した極左武装組織「センデロ・ルミノソ」の勢力拡大に伴い、首都リマへ、そしてペルーを脱出。
 そこで、その後なにがどうなったのかこの記事からはさっぱりわかりませんが、マヤスニ・ヒース嬢は2006年に、ハプスブルク家のオーストリア大公フィリップ殿下【1962年生まれの】と結婚します。このフィリップ殿下は、オーストリア帝室当主のカール大公殿下の従弟にあたります。

 現在のオーストリア帝室の結婚規定は極めてゆるく、キリスト教の式を挙げれば問題ない、ということになっています。過去の皇帝たちが聞いたら卒倒しそうな気もしますが。いっぽう、分枝のトスカナ大公室の結婚規定はそこまでゆるくないので、トスカナ系統に属していてオーストリア帝室の一員ではあるけれどトスカナ大公室の一員ではない、ということもあります。
 ともあれ、フィリップ殿下とマヤスニ・ヒース嬢の結婚は、キリスト教式でおこなわれたようで、マヤスニ嬢はオーストリア大公妃となり、2011年に生まれたアマヤ殿下もオーストリア帝室ハプスブルク=ロートリンゲン家の一員です。

 なお、アマヤ殿下がロンドンで生まれているので、一家は普段英国に住んでいるのかもしれませんが、ヨーロッパ圏内の人物がロンドンで出産するケースはそれなりに多いので、そのあたりは不明です(アマヤ殿下の国籍もわからないといえばわからないですね)。

 今回、アマヤ大公女殿下、マヤスニ大公妃殿下、カロリン・ヒースはシピボ族の地を訪問し、アマヤ殿下はシピボ族の名としてスイサメヌSuysamenu)を受けた模様。
 スペイン語としては、「especial」「elegante」「brillante」が意味が近いということです(英語では「special」「elegant」「brilliant」にあたると思いますが多少意味合いが違うかもしれません)。

 

マルタ騎士団総長殿下が、カメルーン大統領ビヤ閣下を訪問(2018年7月)

※この記事はキリスト教 高位聖職者のニュースと重複します。

 

 2018年7月16日~19日の日程で、第80代マルタ騎士団総長“フラー”・ジャコモ・ダッラ・トッレ・デル・テンピオ・ディ・サングイネット殿下(His Most Eminent Highness the Prince and Grand Master, Fra’ Giacomo Dalla Torre del Tempio di Sanguinetto)はカメルーン共和国を公式訪問、7月17日にはカメルーン共和国大統領ポール・ビヤ閣下(His Excellency Paul Biya)と会見したようです。

 

Paul Biya(カメルーン大統領府公式チャンネル):
Visite Officielle au Cameroun du Grand Maitre de l'Ordre Souverain de Malte 16.19_07.2018 – YouTube

 

 (英語:マルタ騎士団公式サイト)The Grand Master’s State Visit to Cameroon – Order of Malta
 (英語:カメルーン大統領府公式サイト)President Paul BIYA receives the Grand Master of the Sovereign Order of Malta

 

Order of Maltaさんのツイート: "President Paul Biya received the Grand Master Fra’ Giacomo Dalla Torre during his state visit in #Cameroon. Discussed during the meeting were the 57 years of bilateral cooperation and the #OrderofMalta’s commitment in the Central African country. https://t.co/HCycyK7Ta5"

 

President Paul BIYAさんのツイート: "Held cordial talks with His Most Eminent Highness, Fra’ Giacomo Dalla Torre del Tempio di Sanguinetto, the Prince and Grand Master of the Sovereign Military Order of Malta at the Unity Palace. #CameroonSOMalta #PaulBiya #Cameroon… https://t.co/37JKtcAXSr"

 

President Paul BIYAさんのツイート: "Entretiens très cordiaux au Palais de l’Unité, ce 17 juillet 2018, avec Son Altesse Eminentissime, Fra’ Giacomo Dalla Torre del Tempio di Sanguinetto, Prince et Grand Maître de l’Ordre Souverain Militaire de Malte, en visite officielle au #Cameroun. #CameroonSOMalta #PaulBiya… https://t.co/ku53eGLfje"