婚約(2019年1月):ナポレオン公ジャン=クリストフ皇子殿下とアルコ=ツィネベルク伯爵女オリンピアが2019年1月に婚約していたとの情報

 ナポレオン公ジャン=クリストフ皇子殿下(Jean-Christophe : His Imperial Highness The Prince Napoléon)が、アルコ=ツィネベルク伯爵女オリンピア(Countess Olympia of Arco-Zinneberg : オリンピア・グレフィン・フォン・ウント・ツー・アルコ=ツィネベルクOlympia Gräfin von und zu Arco-Zinneberg)と2019年1月にスイスで婚約したという情報が出ています。

 

 (英語)Royal Musings: EXCLUSIVE: Royal engagement: Countess Olympiia to wed Jean Christophe

 

 ジャン=クリストフ殿下は、ナポレオン1世の弟ジェロームの子孫で、現在、フランス帝室当主及びフランス帝位継承者・ナポレオン公の地位について(亡祖父が父シャルル殿下の再婚に関しジャン=クリストフ殿下を後継指名したため)理屈上は争いになっています。
 母親はブルボン=両シチリア王女ベアトリーチェ殿下(Her Royal Highness Princess Béatrice of Bourbon-Two Sicilies)です。

 

 オリンピア伯爵女は、オーストリア、バイエルン、イタリアなどに関連する貴族の家柄で、母親はハプスブルク家出身(現当主カール大公殿下のいとこ)。

 

ライニンゲン公子カール・エミッヒ殿下を“ロシア皇帝ニコライ3世”として擁立しているロシアの君主政主義者党の立ち上げた王室情報サイト(2019年3月)“ニコライ3世”ではなく「ロシア公子ニコライ・キリロヴィチ殿下」となっています

 アントン・バコフ氏ら君主政主義者党がライニンゲン公子カール・エミッヒ殿下を「ロシア皇帝ニコライ3世」とし、理屈はともかくとして、ちょっとその宣言にはうんざりしながらも注目していた人も多かったのですが、いつの間にか同党関係者が王室情報サイトを立ち上げていました。
 各国の王室情報やロシアの過去の情報に、自分たちの情報を混ぜ込んでしまおうというものかと思われますので、その辺りはご注意を。

 

 さて、そのサイト。
 英語版の「About-his-highness」のところからですが……

 

 About-his-highness

The Heir to the All-Russian Emperorship,
His Highness Prince of the Imperial Blood Nikolay Kirillovich of Russia,
Prince zu Leiningen.

 「ロシア帝位継承者/ロシア公子・ライニンゲン公子ニコライ・キリロヴィチ殿下」、ということでいいでしょう。

 なぜいつのまにかロシア皇帝ニコライ3世を称するのをやめたのかよくわかりませんが、なぜ称したのかもよくわからないので、考えないことにします。

 

 また、同ページですが、殿下に関することと彼らの立場(動機はともかくとして)がまとめて比較的短く説明されており、一読する価値は……興味があればあるのではないでしょうか。

 

 ここで簡単にわかりやすく説明してしまいますと、彼らがロシア皇帝・ロシア帝室当主としているのは、
 ニコライ2世 → (従弟の)キリル大公 → (長男の)ウラジーミル大公
 という順番になるようで(これはある程度知られていると思いますが)、ここまでは現当主のマリヤ女大公殿下と同じです。

 しかしここから先はロマノフ家協会などの理屈、すなわちウラジーミル大公の結婚は同等身分の結婚ではないため、生まれた子供=マリヤ殿下にはロシア帝位継承権はないとするものです。

 一方で、ウラジーミル大公自身が地位を失うわけではないとします。これはオーストリアのハプスブルク家で、フランツ・フェルディナント大公が貴賤結婚をしながらも次期帝位は失わなかったことを考えれば(暗殺されてしまいましたが)ムチャな主張ではありません。

重要なところ書き忘れていたので追記:
 さて、ウラジーミル大公のあとのことですが、男系男子が消滅するため、「再近親の男系女子・またはその男子優先長幼制子孫を考える」というのがセミ・サリカ法の基本の一つです(他の考え方もあります。セミ・サリカ法は極めてよくわからないものであり、最終的には力で決まるシステムと思ったほうが良いかと)。
 これにより、ウラジーミル大公の長姉であるマリヤ大公女(もちろん現当主のマリヤ殿下とは別人)及びその子孫が対象となります。
 1992年のウラジーミル大公薨去時に、マリヤ大公女及び長男のライニンゲン公エミッヒは故人となっていますので、エミッヒの長男ライニンゲン公子カール・エミッヒ殿下が潜在的なロシア帝位継承者となるわけです(潜在的であるのは、東方正教会の信徒でないことと、ロシア帝室法を守ることや当主となることを誓っていないことにあります)。
 カール・エミッヒ殿下は、二回目の結婚が貴賤結婚だったことにより、ライニンゲン公位継承権を失っていますが、上記のウラジーミル大公と同じく、本人のロシア帝位継承権が失われるわけではない、とするのが彼らの立場です。また、ライニンゲンの称号や敬称は失われていないとしていますが、これについては一般的にもそう扱われていることが多いです(他の家にも例はあります)。

 さらに、ウラジーミル大公は長女のマリヤ殿下を“摂政的地位”としたことについては(このあたり詳しくありませんが結局最終的には後継者になっています)、これはロシア帝室法の観点から見て合法ではないものの、当主が存在しない時期には不明確さが残るとします。が、2013年にカール・エミッヒ殿下が東方正教会の信徒となり、ロシア帝室法を守ることを誓い当主となったことにより、なんの意味もないものとなった、という解釈のようです。

 

 それはさておくとして。

 上記ページでは、三回の結婚のうち、

In 1984, Prince Karl Emich zu Leiningen contracted a dynastic marriage with Princess Hohenlohe-Öhringen (1960–1989), in which their daughter, Princess Cecilia zu Leiningen was born in 1988.

in which his second daughter Theresia zu Leiningen was born.

in which their only son Prince Emich zu Leiningen was born in 2010.

 興味深いのは、2010年に生まれた子息エミッヒ公子殿下について、ロシアに関連する称号の表記がないことが挙げられます。未成年であり、両親が望めば東方正教会への改宗も問題ないことを考えると、三回目の結婚が同等身分間でないことから、ロシアの称号を与えるのを躊躇しているのではないかとも思われます(“ニコライ3世”を躊躇してほしかったですが)。

 二回目の結婚で生まれた次女については、 Princess 表記がなく、母親が貴族ですらないということで問題外扱いなのかもしれません。単にタイプ時に抜けただけかもしれませんが……。

 しかし、一回目の結婚については、これはメディアタイズド・ハウス【シュタンデスヘル】同士の結婚であり、ロシア帝室とライニンゲン家の結婚が同等身分なのであれば、こちらもまた同等身分であるといえます。
 つまり、この結婚で生まれた子供は、(潜在的には)ロシア帝室の一員としての権利を持つ子供、ということになるでしょう。
 ライニンゲン公女ツェツィーリエ殿下(Her Serene Highness Princess Cäcilie of Leiningen)は30歳になっており、もしこのロシア話に興味があれば加わるでしょうし、そうであればロシア公女(Princess of Russia)の称号付きで記述されている可能性が高いでしょう。
 ですが、そのような称号は併記されておらず、残念ながら(?)このようなうさんくさい話には興味がないということかと。

 

※「ロシア公子」「ロシア公女」について

 ロシア帝室では、英語で「Prince」「Princess」にあたる称号を持つのは、皇帝から曾孫以降の(遠縁の)成員であり、大公や大公女より明確にランクが低いものです(敬称も「Imperial Highness」を用いず「Highness」「Serene Highness」を用います)。
 よって「皇子」や「皇女」としてしまうと、そのランクの低さが伝わらないため、当サイトでは「公子」「公女」としています。

 

関連:
 ロシア帝室ロマノフ家当主/ロシア女大公マリヤ殿下が、ロシア帝位継承法の変更の承認を、キリスト教/ロシア正教会モスクワ総主教キリル聖下に求めている模様(2019年1月)

 

誕生(2019年1月10日):リーニュ・ド・ラ・トレモイユ公子アントワーヌ閣下。ベルギー貴族のリーニュ家。祖父シャルル=アントワーヌ公子閣下は、エルサレム、ナポリ、キプロス、キリキア・アルメニア王位の継承者の話で名前が出る人物

 2019年1月10日、リーニュ・ド・ラ・トレモイユ公子アントワーヌ閣下(His Serene Highness Prince Antoine of Ligne de La Trémoïlle)が誕生したようです。

※リーニュ・ド・ラ・トレモイユという表記は、リーニュ家と女系の(ド・ラ・)トレモイユ家を組み合わせたものです。

 リーニュ・ド・ラ・トレモイユ公子エドゥアール閣下と公子妃イザベラ閣下の間の、アルテア公女閣下及びアテナイス公女閣下に続く第三子・そして長男です。

 

Isabella Orsini de LigneさんはInstagramを利用しています:「#baby #AntoineTauEdouardAdrien #is #born #this #morning 🙏🏻❤️🙏🏻❤️🙏🏻 #is #4kg ans #200 🙏🏻❤️🙏🏻❤️ #thankyou #God 🙏🏻❤️🙏🏻❤️ #we #are #so #happy 🙏🏻❤️🙏🏻❤️…」

 

Isabella Orsini de LigneさんはInstagramを利用しています:「#goodmorning #sisters ❤️👶🏻❤️👶🏻 #purelove 😍❤️👶🏻 #princeantoinetauedouardadrien #princessathenaisallegra #princessaltheaisabella 🙏🏻👶🏻👶🏻🙏🏻❤️👶🏻🙏🏻😍」

 

 父であるエドゥアール公子閣下は、シャルル=アントワーヌ公子閣下の長男で、そのシャルル=アントワーヌ公子閣下は、エルサレム王位継承者(1490年死去のサヴォイア公カロル1世から女系系譜、またはブリエンヌ家の子孫として)、キプロス王位継承者及びキリキア・アルメニア王位継承者(同じくサヴォイア公カロル1世子孫としてなど)、ナポリ王位継承者(1501年に廃位されたナポリ王フェデリーコ1世の継承者として)の話で名前が出る人物です。

 

訃報(2018年11月20日):ブルボン=両シチリア王女カルメン殿下、薨去(1924~2018)

 2018年11月20日、ブルボン=両シチリア王女カルメン殿下(Her Royal Highness Princess Carmen of Bourbon-Two Sicilies)が薨去した模様です。
 1924年7月13日生まれの92歳。

 

 (英語:両シチリア王室カストロ系公式サイト)HRH PRINCESS CARMEN OF BOURBON TWO SICILIES' LOSS – Sito ufficiale della Real Casa di Borbone delle Due Sicilie

Real Casa di Borboneさんのツイート: "T.R.H. the Duke and the Duchess of Castro, H.R.H. Princess Beatrice and HRH Princess Anne are very sad to announce the passing away of H.R.H. Princess Carmen of Bourbon Two Sicilies. #realcasadiborbone #rip #restinpeace #goodbyeauntie #adieutante #greataunt #grandtante… https://t.co/aJlruhbAmY"

 

 カストロ系の両シチリア王室当主/カストロ公爵/ブルボン=両シチリア王子カルロ殿下(His Royal Highness Prince Charles【Carlo】 of Bourbon-Two Sicilies, Duke of Castro)、ブルボン=両シチリア王女ベアトリーチェ殿下(Her Royal Highness Princess Béatrice of Bourbon-Two Sicilies)、ブルボン=両シチリア王女アンナ殿下(Her Royal Highness Princess Anna of Bourbon-Two Sicilies)ら きょうだい の伯母。

 

誕生(2019年2月1日):フランス王子アンリ殿下(トゥーレーヌ公爵)。正統派フランス王位継承者ルイ20世ことアンジュー公ルイ・アルフォンス殿下夫妻の第四子・三男

 2019年2月1日、正統派フランス王位継承者ルイ20世Louis XX)ことアンジュー公ルイ・アルフォンス殿下(Louis Alphonse : Monseigneur The Duke of Anjou : ルイス・アルフォンソ・デ・ボルボン・マルチネス=ボルディウLuis Alfonso de Borbón Martínez-Bordiú)と妻のアンジュー公妃マリー・マルグリット殿下(Marie Marguerite : Her Royal Highness The Duchess of Anjou)の間の第四子・三男となる男子が誕生したようです。
 名前はフランス語表記のほうはアンリ・ド・ジェスHenri de Jésus)、スペイン語メディアではエンリケ・デ・ヘススEnrique de Jesús)となっています。
 また、儀礼称号として、ルイ・アルフォンス殿下がかつて使用していたトゥーレーヌ公爵が用いられる模様。

 

Louis de Bourbon, Duc d’Anjouさんのツイート: "Je suis heureux, avec Marie-Marguerite, de vous annoncer la naissance d'Henri, notre quatrième enfant, aujourd'hui à 13:05 GMT. Il pèse 4,200 kg et mesure 53 cm. La maman et le bébé se portent bien. Nous remercions tous ceux qui s'associent à cette naissance par la prière.… https://t.co/baiKn0afWL"

 

 (スペイン語)Luis Alfonso de Borbón y Margarita Vargas ya son padres de su cuarto hijo
 (スペイン語)Solo en ¡HOLA!, Luis Alfonso y Margarita de Borbón, primeras imágenes con su hijo recién nacido, en Nueva York