ナイジェリア伝統的君主:マイワダ・ガラディマ3世殿下夫妻が誘拐された模様(2018年10月)

 ナイジェリア連邦共和国カドゥナ州カジュールの伝統的君主の一人、アダラの伝統的君主マイワダ・ガラディマ3世殿下(His Royal Highness Maiwada Galadima III, Agwon Adara)夫妻が誘拐された模様です。

 

 (英語)Paramount ruler abducted in Kaduna – Daily Trust
 (英語)Five killed as gunmen abduct traditional ruler, wife in Kaduna | TheCable

※記事の表記などから、第二級伝統的統治者ではないかと思いますが、未確認。

 

 運転手や同乗者は殺害されたようです。
 多発している身代金目当ての誘拐ではないかと思われますが……。

 また、関連はなさそうとはいうものの、イスラム教徒とキリスト教徒の若者が衝突して50人以上が死亡した直後らしく、現地は騒然としている模様。

 なお、初期段階の情報の混乱により、修正情報など出る可能性があります(当初は、強盗による事件で、殿下夫妻は殺害されたと思われていたようです)。

 

ナイジェリア伝統的君主:2019年総選挙の上院議員選挙区で、オヨ王の子息アキーム王子(現職・与党APC)に、同じくオヨ王の子息アデバヨ王子(新人・前与党PDP)が挑む模様(2018年10月)

 下記記事によりますと、オヨ王ラミディ・オライウォラ・アデイェミ3世陛下(His Royal Majesty Oba Lamidi Olayiwola Adeyemi III, The Tlaafin of Oyo)の二人の子息が来年【2019年】の総選挙で同一選挙区で議席を争う模様です。

 

 (英語)Brother vs. brother: Oyo’s princes battle for Senate – Daily Trust

 

 上記記事によれば、上院の該当選挙区ではオヨ王の子息で現職のアキーム・アデイェミ王子(Prince Akeem Adeyemi)が議席を保有しており、2015年と同じく現在の与党「全進歩会議(APC)」から出馬の予定です。

 それに対し同じくオヨ王の子息アデバヨ・アデイェミ王子(Prince Adebayo Adeyemiバヨ・アデイェミ王子 : Prince Bayo Adeyemi)が、前の与党である「国民民主党(PDP)」から出馬して議席を争うようです。
※アデバヨ(Adebayo)とバヨ(Bayo)の二つの表記が記事中にありますが、バヨが省略形??

 なおアキーム王子とアデバヨ王子は、1977年12月の8日と9日の生まれ、ということですが……双子とは書いてないので、オヨ王のそれぞれ別の妻から産まれたのでしょう。

 

 それにしても、もしやこれは、上院議員選挙を利用した事実上の王位継承戦争なのでは……。

 

ナイジェリア伝統的君主:アナンブラ州の洪水でウムエリ王の家の一つが沈む。王は防災機関からの水量増加警告に気づかず(2018年10月)王は被災者へのさらなる支援を要請

 ナイジェリア連邦共和国アナンブラ州の、アナンブラ東(地方行政区域)のウムエリ地域では、洪水により大きな被害が発生し、ウムエリ王の家の一つも沈んだそうです。

 

 (英語)Flood Submerges Umueri Traditional Ruler’s Home | Independent Newspapers Nigeria

 

 記事によれば、王は州の防災機関から(なんらかの形で)水量増加に関する警告を受けていたようですが、気付かなかったようです。
 そして、行政の支援に感謝しつつも、さらなる支援が必要だと述べているようです。
 地域の畑などに甚大な被害が出ている模様。

※なぜかどこかで聞いたことがあるような話ですが……。

 

 さて、ここで記事から、この王の名前や称号を見ていきたいと思います。

His Royal Majesty Igwe Sir Bennett Chukwuemeka , Okebo 2 of Umueri

 ……となっています。

 最初の“His Royal Majesty”はすっかりおなじみですが、「陛下」。

 次の“Igwe Sir Bennett Chukwuemeka”ですが、最後の二語「ベネット・チュクウェメカ【チュクエメカ】」は名前でしょうが、“Sir”が気になるところです。英国とはすでに関係ないでしょうが、「勝手につけた称号の類」や「偶然にも同じ表記にするしかない伝統的称号が存在した」という可能性もあります。また、「先頭に“Igwe”があるので名前の一部では?」とも考えられますが、ナイジェリアの歴史上では、英国統治下で“Sir”を受けたイスラム教徒の人物がメッカ巡礼(ハッジ)を果たしている場合、“Alhaji Sir”(アルハッジ・サー)の順番で表記されていることがあります。つまり、“Igwe”が称号や敬称であれば、“Sir”もまたそうである可能性もあります。
 ざっと調べたところ、 Igwe は名前にも姓にも使われますが、王の名前に前置して表記される例もあるようです。ナイジェリアでよくある「Oba」のように使うのだと思いますが、今回はこれでしょうか。

 そして「 , 」のあとの“Okebo 2 of Umueri”。
 この数字の「2」は判断に迷いますが、過去のニュースなどをあたってみた限り、この王がウムエリの二代目の伝統的統治者であることを示しているのだと思います。つまり「第二代ウムエリ王」でいいのではないでしょうか。

 

 ……と、ここまで書いたところで、Google頼みで、たぶんないだろうなと思いつつ公式サイトを探したところ、なんと同地域の公式サイトらしきものを発見(工事中ページが多いですが)。
 しかもサイドバーに王に関する表記があります。
 ……が。

 (英語)Welcome to umueriland.com | www.umueriland.com

His Royal Highness
(Traditional Ruler)

H.R.H Igwe Sir Ben Emeka
Igwe Okebo II of Umueri

 敬称が“His Royal Majesty”ではなく“His Royal Highness”になっています。「陛下」ではなく「殿下」。
 そして、名前の一部かどうかわからなかった“Igwe”が、あきらかに称号の部分にも付いています。

 そしてさらに……

His Majesty
(Traditional Prime Minister)

HRM Mike ekweonu
Onowu Iyasele of Umueri

 伝統的君主の下に伝統的首相の欄があり、その人物には“His Majesty”・HRM(His Royal Majesty の短縮表記)と「陛下」が使われています。
 ……なぜ??

 

 謎が解決せずに、ふくらんだだけですが、とりあえず王の名前だけ見てみましょう。
 記事のほうでは、

Igwe Sir Bennett Chukwuemeka

 となっていましたが、サイトでは、

Igwe Sir Ben Emeka

 となっています。 Ben(ベン)は Bennett(ベネット)の愛称というか略称というかで、Emeka(エメカ)はChukwuemeka(チュクウェメカ)のこれも短いバージョンです。
 したがって同じ人物を示しているのは間違いないのですが、やはり“Sir”の部分についてはわかりません。

 そして Ben または Bennett の部分が Benneth となっている過去の報道もあるようです。

 

ナイジェリア伝統的君主:ナイジェリア中央銀行(元)総裁で北部イスラム圏第二の権威/カノ首長ムハンマド・サヌシ2世殿下が、イバダン王サリウ・アカンム・アデトゥンジ陛下を表敬訪問(2018年10月)二人で連邦政府を批判「伝統的君主を“火消し”に使うべきでない」「政策決定に関わらせるのは時代遅れ」

 2018年10月8日、ナイジェリア中央銀行の元総裁でナイジェリア連邦共和国北部(シャリーア適用のイスラム教圏)第二の権威/カノ首長“アルハッジ”・ムハンマド・サヌシ2世殿下(His Royal Highness Alhaji Muhammad Sanusi II, The Emir of Kano : サヌシ・ラミド・サヌシSanusi Lamido Sanusi)は、南米部オヨ州の伝統的君主のひとり、イバダン王“オバ”・サリウ・アカンム・アデトゥンジ陛下(His Royal Majesty【His Imperial Majesty】 Oba Saliu Akanmu Adetunji, the Olubadan of Ibadan)を表敬訪問したようです。

 

 (英語)'Stop using traditional rulers as fire fighters' – The Nation Nigeria

 

 あくまで上記リンクの記事がそこを重要視しているだけかもしれませんが、二人は連邦政府を批判、「伝統的君主はあくまで助言をおこなわせるだけにし、政策決定に関わらせるべきではない」「時代遅れ」「“火消し”に使うべきではない」という意思を示したようです。
 数十人の王が新たに出現し、動乱さめやらぬイバダン王国はともかく、カノ首長ムハンマド・サヌシ2世殿下にひとついわねばならないのは、「あなたが頑張ったからこうなったんです」ということでしょうか。

 また、イバダン王は、麾下の首長の一人であるオロイェ・レカン・アラビOloye Lekan Alabi, The Agbaakin Olubadan of Ibadan【Ibadanland】)を通じ、伝統期君主の役割は「平和の維持」「国内の全民族を統一し一つの実体にすること」であるという談話を出したようです。

※また見たことない称号(Agbaakin Olubadan of Ibadan)が出てきましたが、はたしてイバダン王国に首長は何人いるんでしょうか……

 

ナイジェリア伝統的君主:エド州政府によりウェッパ=ウワンノが分割され、ウェッパ=ウワンノ王はウワンノの王になり、ウェッパには新たに君主が立てられた模様(2018年8月)

 (英語)After 70 years of agitation, Edo State government separates Weppa Clan from Uwanno — Sunday Magazine — The Guardian Nigeria Newspaper – Nigeria and World News

 

 2018年8月にナイジェリア連邦共和国エド州政府により、ウェッパ=ウワンノが分割され、ウェッパ=ウワンノ王はウワンノの王になり、ウェッパには新たに君主が立てられた模様です。

 上記リンクの記事は、
 ウワンノ王になってしまった元ウェッパ=ウワンノ王のジョージ・オシアピ・エガボル陛下【オモアゼ1世】(His Royal Majesty, Dr. George Oshiapi Egabor JP OON FNIM, Omoaze I, Okumagbe of Uwanno Kingdom)、
 と、
 ウェッパの首長となったモーゼズ・アクパムカ・エツ殿下(His Royal Highness Moses Akpamuka Etsu, Ogie Eppa of Weppa)
 にインタビューしたもののようです。
※敬称が前者は陛下(His Royal Majesty)、後者は殿下(His Royal Highness)となっていましたので、ウェッパのほうはとりあえず「首長」としました。もしかしたら第一級伝統的統治者ではないのかもしれません(前者にも“Oba”が使用されていないので、分割がおこなわれてもまだ定まっていないことがあるのかもしれません)。

 

 記事によりますと、もともとウェッパ(Weppa)とウワンノ(Uwanno : Wanno)の両部族は部族長というか君主というかを持たなかったようです(詳細な指導体制は不明ですが)。

 1940年代後半に、同地を植民地として統治していた英国が、統治の単純化のために一人の王をウワンノから選びました。これが現在まで続いている(いた)ウェッパ=ウワンノ王(Okumagbe)です。

※記事からはウェッパとウワンノは部族名でもあるようですが、地名でもあるように取れます。ややこしい箇所もあります。

 その後、ウェッパ側が独自に王を立てたいと行動したようですが、二人の王に歳費を払うのが嫌で英国はそうしなかった、と記事(のウェッパの首長のコメント)ではなっています。

 1970年代(ナイジェリア共和政移行後)には、ウェッパ=ウワンノ王とウェッパ側が立てたがっていた王に加え、それぞれの部族から四つの家を追加し、合計六つの家が王の位をローテーションするという、なんだかよくわからないシステムができあがったようです。

 そして、結局、2018年、ウェッパとウワンノは分離したわけですが、ローテーションがどうなったのか、などそのあたりはよくわかりません。

 また、ウェッパのほうにオルウェア家(Olwea family)という、二部族共通の神官的存在がいるようです。
 なぜこの家が王になっていないのかは説明されていませんが、ウェッパのほうが人口が少ないからというのが考えられる理由でしょうか(しかし、それでは“六統迭立”にも入っていなさそうなことは説明できませんが)。

 

 さて、ウワンノ王のほうは、今回の分離は政治的な意図があり、自分はしっかりやってきた、とこれまでの実績を強調しています。
 どうも、陛下への誹謗中傷(なのか本当のことなのかわかりませんが)があったらしく、それを否定。
 そして、ウェッパとウワンノは、年次の祭典を共有するものだという点から、両者が一人の王を奉じることを肯定しています。

 

 一方、ウェッパ首長のほうは、これまでの歴史を振り返っています(歴史に関してはほぼこちらのコメントから)。
 そして、レヴェンティス氏(Mr. Leventis)という企業家(?)の人物に“Igodi of Weppa”という称号を与えて、州政府との交渉に役立ってもらおうとしているようです。