訃報(2019年7月12日):ヴィンディシュ=グレーツ公女シュテファニー殿下が薨去(1939~2019)オーストリア皇太子ルドルフの子孫。ベルギー王レオポルド2世から絶対長幼制ならベルギー女王になっていたとの記事も

 2019年7月12日、ヴィンディシュ=グレーツ公女シュテファニー殿下(Her Serene Highness Princess Stephanie of Windisch-Graetz : シュテファニー・プリンツェッシン・ツー・ヴィンディシュ=グレーツStephanie Prinzessin zu Windisch-Graetz)が薨去した模様です。
 1939年7月17日生まれの79歳(1月17日生まれとの情報は誤りのようです)。

 名族ヴィンディシュ=グレーツ家の一員で、先祖にはオーストリア皇太子ルドルフ殿下やベルギー王レオポルド2世陛下がいるようです。

 

 (フランス語)Cousine d’Albert II, la princesse Stéphanie de Windisch-Graetz est décédée – La Libre

 葬儀には、ベルギー王子ロラン殿下(His Royal Highness Prince Laurent of Belgium)が参列したとのことです。
 アルベール2世の私生児であることを主張しているデルフィーヌ・ボエルDelphine Boël)も姿を見せたようです。

 

 また下記の記事では、シュテファニー殿下はベルギー王レオポルド2世陛下から継承法が絶対長幼制になっていたならベルギー女王になっていたと言及されています。

 (オランダ語)Stéphanie de Windisch-Graetz, de prinses die koningin der Be… – Het Nieuwsblad

 こういう話は言い出したらキリがありませんが……。

追記:
 継承順を書いておきますと、
 ベルギー王レオポルド2世陛下
 → 第一子・長女のベルギー王女ルイーズ殿下(1858年生まれ)
  → 第二子のザクセン=コーブルク=ゴータ公女ドロテア殿下
 → 第三子・次女のベルギー王女シュテファニー殿下がすでに薨去し(オーストリア皇太子ルドルフ殿下との子供の)オーストリア大公女エリザベート殿下(1883年生まれ)もすでに薨去しているためその第一子のヴィンディシュ=グレーツ公子フランツ殿下(1904年生まれ) → そしてその第一子が今回薨去したシュテファニー殿下となります。

 

短文インタビュー記事(英語):ハプスブルク家当主オーストリア大公カール殿下がウクライナ系メディアのインタビュー記事に答える:「ウクライナは欧州の不可分の一体」(2019年3月)

  オーストリア帝室・ハンガリー王室のハプスブルク家当主【ハプスブルク=ロートリンゲン家当主】のオーストリア大公カール殿下(オーストリア皇子 : ハンガリー王子 : ベーメン王子 : His Imperial and Royal Highness Archduke Karl of Austria, Prince Imperial of Austria, Prince Royal of Hungary and Bohemia : カール・フォン・ハプスブルクKarl von Habsburgカール・ハプスブルク=ロートリンゲンKarl Habsburg-Lothringen)は、ウクライナ国営通信社「ウクルインフォルム」のインタビューに答えたようで、英語版に短文記事が掲載されています。

 

 (英語)Ukraine plays key role for future of Europe – Karl von Habsburg

 

 なお、ウクライナの現在の領域には、かつてオーストリア=ハンガリー帝国の領域だった部分が含まれています。

 

神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世崩御500周年イベント:オーストリアのヴェルスをハプスブルク家当主オーストリア大公カール殿下が訪問。オーストリア自由党【FPÖ】の市長「我々には多くの意見の違いがあるが、オーストリア帝室なしでは観光に悪影響が出る」(2019年3月)

 オーストリアのヴェルスは、1519年に神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世が崩御した地ですが、このほどヴェルス市では500周年イベントがおこなわれたようです(3月27日最終日?)。

 オーストリア帝室・ハンガリー王室のハプスブルク家当主【ハプスブルク=ロートリンゲン家当主】のオーストリア大公カール殿下(オーストリア皇子 : ハンガリー王子 : ベーメン王子 : His Imperial and Royal Highness Archduke Karl of Austria, Prince Imperial of Austria, Prince Royal of Hungary and Bohemia : カール・フォン・ハプスブルクKarl von Habsburgカール・ハプスブルク=ロートリンゲンKarl Habsburg-Lothringen)は、同地を訪問。
 オーストリアで禁じられている「von(フォン)」を公式サイト(ホームページ)で付けて「カール・フォン・ハプスブルク」と名乗っている件で、訴えられて、有罪になってその後どうなったのか(上訴中なのかなんなのか)よくわからないのですが、その件に関してメディアの質問が集中した模様(「何回も聞かれてうんざりしているとは思いますが……」「そんなことはないよ」みたいなやり取りも)。
 結局、なにがどうなったのかよくわからないのでその件はここではスルーします(下にいくつかドイツ語の記事をリンクしておくので読める人はどうぞ)。

 一方、今回500周年イベントでは、オーストリア自由党【FPÖ】の市長からの要請もあったらしい同市への訪問で、下記記事からは「オーストリア自由党とは意見が違うのでは?」と問われ、同党のポピュリズムというか最大の対立点である欧州懐疑主義について触れています。
 それに対し市長は、「我々に多くの違いがあるのは事実だ。しかし我々は変わった。オーストリアの伝統が今や前面に出ている。オーストリア帝室なしでは観光に悪影響が出る」となんともいえない現実的なコメントをしています。こういう部分が勢力伸長の原因?

 (ドイツ語)Karl Habsburg und das "von"-Verbot: "Es gibt unendlich wichtigere Dinge" | Nachrichten.at

 

 「フォン」の件の裁判に関する記事をいくつかリンクしておきます(タイトルがそのまんまのものもありますが)。

 (ドイツ語)"Von"-Homepage: Habsburg will Verurteilung bekämpfen « DiePresse.com
 (ドイツ語)Adelsaufhebungsgesetz | Kaiserenkel Karl Habsburg beruft gegen Verurteilung
 (ドイツ語)"von" – Einserkastl Hans Rauscher – derStandard.at › Meinung

 

 ほか、その件に加え、オーストリア皇帝カール1世陛下など、父母、祖父などを含む歴史などに関する話もあるインタビュー記事(内容自体はさほど目新しくない気がしますが……)。

 (ドイツ語)Enkel von Karl I. über 1918: „Das war eine Zäsur“

 

 複数の記事からご本人の意見というかコメントというか:
 「私のパスポートはカール・ハプスブルク=ロートリンゲンだ。国際的な活動(NGOなど)でカール・フォン・ハプスブルクと名乗っている」
 「父が“オットー・フォン・ハプスブルク”として知られていたので、これはブランドのようなものだ」
 「ワールドワイドウェブはオーストリアンウェブではない」
 「“フォン”の禁止は時代遅れの法によるものだ」(100年前の人が聞いたらずっこけそうですが)
 「最初に言えるのは、この件を楽しんでいるということだよ」
 「無限と言えるほどもっと重要な事項がこの世にある」

 

イタリア王室(直系)継嗣ヴェネツィア公エマヌエーレ・フィリベルト殿下がヴィットーリオ・ヴェネトを訪問(2018年10月)

 イタリア王室継嗣のヴェネツィア公/ピエモンテ公/サヴォイア公子エマヌエーレ・フィリベルト殿下(His Royal Highness Prince Emanuele Filiberto of Savoy, Prince of Venice and Piedmont)は、イタリアのヴィットーリオ・ヴェネト【ヴィットリオ・ヴェネト】を訪問しました。

 第一次世界大戦終了100周年ということですが、時期的にはオーストリア・ハンガリー帝国軍に勝利したヴィットーリオ・ヴェネトの戦いから100年にあたるようです。
 また、ほかにも目的があったみたいですが、全体的な訪問の日程など含めて、よくわかりませんでした。

 

1:00頃から少し登場/
Reteveneta:
TG VICENZA (27/10/2018) – LA LAMPADA DELLA PACE ARRIVA A MONTE BERICO – YouTube

動画より、エマヌエーレ・フィリベルト殿下:

 

 (イタリア語)RETE VENETA || 2018-10-27 – LA LAMPADA DELLA PACE ARRIVA A MONTE BERICO
 (イタリア語)Raduno AssoArma: “Annullato. Anzi no” | Oggi Treviso | News | Il quotidiano con le notizie di Treviso e Provincia: Oggitreviso
 (イタリア語)Il maltempo rovina cerimonia e sfilamento del 5° Raduno nazionale AssoArma

 

Sacrario Militare di Oslavia…. – Emanuele Filiberto | Facebook

Sacrario Militare di Oslavia. Commemorazioni per i 100 anni della Grande Guerra

Emanuele Filibertoさんの投稿 2018年10月26日金曜日

 

Onori alla Brigata Sassari – Emanuele Filiberto | Facebook

Onori alla Brigata Sassari

Emanuele Filibertoさんの投稿 2018年10月26日金曜日

 

Colle di Sant’Elia – Redipuglia – Ai… – Emanuele Filiberto | Facebook

Colle di Sant’Elia – Redipuglia – Ai caduti della I Guerra Mondiale

Emanuele Filibertoさんの投稿 2018年10月26日金曜日

 

Cerimonia commemorativa della Grande… – Emanuele Filiberto | Facebook

Cerimonia commemorativa della Grande Guerra. Generali, Ministri, Sindaci e autorità.

Emanuele Filibertoさんの投稿 2018年10月27日土曜日

 

Cimitero degli Eroi di Aquileia e Basilica. – Emanuele Filiberto | Facebook

Cimitero degli Eroi di Aquileia e Basilica.

Emanuele Filibertoさんの投稿 2018年10月27日土曜日

 

https://www.trevisotoday.it/attualita/mal… – Emanuele Filiberto | Facebook

https://www.trevisotoday.it/attualita/maltempo-cerimonia-sfilamento-raduno-assoarma-2018.html

Emanuele Filibertoさんの投稿 2018年10月29日月曜日

※「ウォーリーを探せ」ではありませんが、中央付近の人物が殿下です。

 

ルーマニア王室当主/ルーマニア王位守護者マルガレータ陛下夫妻が、フランスのスルツマットを訪問(2018年9月)同自治体公式サイトの敬称表記「Sa Majesté(陛下)」

 2018年9月末、ルーマニア王室当主/ルーマニア王位守護者マルガレータ陛下(Her Majesty Margareta, the Custodian of the Crown of Romania : ルーマニア皇太子マルガレータ殿下 : Her Royal Highness Crown Princess Margareta of Romania)と夫のルーマニア王子ラドゥ殿下(His Royal Highness Prince Radu of Romania)は、第一次世界大戦中にドイツ及びオーストリア=ハンガリーによってフランス(とドイツの係争地方)に収容され死亡したルーマニア兵たちの慰霊のためにフランス共和国のスルツマットとアグノーを訪問しました(うち、アグノーは、同自治体よりの招待と表記されています)。

 2018年9月29日は、スルツマット(ゾウルツマット、ズルツマット)を訪問。
 この地にあった収容所は墓地となっているようです。
 これまでもルーマニア王フェルディナンド1世陛下と王妃マリア陛下(英国王室出身)、旧ルーマニア王ミハイ1世陛下と王妃アナ陛下(ブルボン=パルマ家出身)らなど、ルーマニア王室から訪問がなされています。

 慰霊のための式典には、キリスト教/東方正教会/ルーマニア正教会の西欧・南欧府主教ヨシフ座下(His Eminence Metropolitan JosephIosif】 of Western and Southern Europe)が臨席。

 陛下と殿下は、同コミューン(規模が小さいようですが市としておきます)の市長ジャン=ポール・ディーリンガー閣下(Jean-Paul Diringer)から、スルツマット=ヴィンツフェルデン名誉市民(Citoyens d’Honneur de Soultzmatt-Wintzfelden)の称号を授与されました。
※「ヴィンツフェルデン」というのは同市の中にある地名のようですが、なぜ名誉市民称号に加えられているのかは不明です。

 

 (ルーマニア語:ルーマニア王室公式ニュース配信サイト)În Anul Centenar, Majestatea Sa a devenit cetățean de onoare al localității Soultzmatt | Familia Regală a României / Royal Family of Romania
 (ルーマニア語:ルーマニア王室公式ニュース配信サイト)Ceremonie la cimitirul martirilor români din Primul Război Mondial | Familia Regală a României / Royal Family of Romania

 (ルーマニア語:ルーマニア正教会通信)Majestatea Sa Margareta şi ASR Principele Radu au devenit cetăţeni de onoare ai oraşului Soultzmatt – Basilica.ro
 (ルーマニア語:ルーマニア正教会通信)Familia Regală s-a rugat pentru eroii români înmormântaţi la Soultzmatt – Basilica.ro

 

 現時点ですが、スルツマット市の公式サイトトップページはこうなっています。

 (フランス語)Soultzmatt – Site officiel de la commune

 一方、そこからリンクされているページは、当日の予定のものでした。

 (フランス語)Réception en l'honneur de la Famille Royale de Roumanie le 29 septembre 2018 – Soultzmatt – Site officiel de la commune

Réception en l’honneur de la Famille Royale de Roumanie le 29 septembre 2018
Sa Majesté Margareta de Roumanie, Gardienne de la Couronne, et Son Altesse Royale le Prince Radu seront en visite officielle à Soultzmatt, dans le cadre du Centenaire de la Première Guerre mondiale et de la création de l’État roumain moderne.

 「Sa Majesté Margareta de Roumanie, Gardienne de la Couronne」
 マルガレータ陛下の表記はこうなっています。

 「Sa Majesté」は陛下です。
 「Gardienne(ガルディエンヌ)」は、英語での Guard や Guardian のフランス語(女性形)で、英語の Custodian などに対応するちょうどいい言葉はないのかもしれませんが、これでは王冠を守っている女性警備員と思われるのではないのかという心配が。
※そもそも「Custodian」自体が警備員や清掃員などを連想させるという指摘もありますので、物理的な王冠をイメージさせる「王冠守護者」ではなく、このサイトでは「王位守護者」としています。

 

Familia Regalăさんのツイート: "Vizită regală la Soultzmatt, pentru a onora memoria martirilor români din Primul Război Mondial https://t.co/cPOhSVWAAs… https://t.co/PQplHRiKpV"

 

Familia Regalăさんのツイート: "Ceremonie la cimitirul martirilor români din Primul Război Mondial https://t.co/bsBLYkJUsk… "

 

În locul inaugurat de Regele Ferdinand I… – Familia Regala a Romaniei | Facebook

În locul inaugurat de Regele Ferdinand I în anul 1924, unde își odihnesc somnul de veci aproape 700 de soldați români…

Familia Regala a Romanieiさんの投稿 2018年9月29日土曜日

 

Familia Regală a României (@familiaregalaaromaniei) • Instagram photos and videos

 

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